第一ブロック:序章 – 温泉の残香
温泉の香りが微かに鼻腔をくすぐる。廃墟と化した旅館「紅葉館」。かつては湯治客で賑わったであろう場所は、今は静寂に包まれていた。畳は擦り切れ、障子は破れ、埃が遠慮なく堆積している。それでも、奥へと続く廊下には、かすかに湯気の匂いが残っていた。その匂いを辿るように、私は紅葉館の奥深くへと足を踏み入れた。目的はただ一つ。この地に伝わる怪談の真相を探るためだ。赤い着物を着た女の幽霊が出るという噂。能面を被り、過去の怨念を抱えたまま彷徨っているという。私は、その姿を、この目で確かめたかった。
第二ブロック:異質な空間 – 能面の気配
廊下を進むにつれ、空気は重みを増していく。温度も明らかに下がっている。壁に掛けられた古い絵画は、埃を被り、その表情を読み取ることは難しい。しかし、その奥に、何かただならぬ気配を感じた。ふと、廊下の突き当たりにある能面が目に留まる。それは、能の演目で使用される女面であり、静かに、そして冷たく、こちらを見つめていた。能面の無表情な顔は、生きた人間の顔よりもずっと恐ろしい。それは、感情を隠し、奥底に潜む狂気を封じ込めているかのようだった。私は、能面から視線を逸らすことができなかった。
第三ブロック:赤い着物の女 – 過去の幻影
次の瞬間、背筋が凍り付いた。廊下の奥から、赤い着物を着た女が現れたのだ。その姿はぼんやりとしており、まるで霧の中に浮かんでいるようだった。顔は見えない。能面を被っているからだ。女はゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。その足音は、静かで、しかし確実に、私の心臓を締め付けていく。私は、恐怖で足がすくみ、その場から動けなかった。女は、私の目の前で立ち止まり、静かに能面を傾けた。その時、能面の奥に、赤い光を見た。それは、怨念の色だった。
第四ブロック:怨念の叫び – 消えゆく旅館
女は、口を開いた。しかし、そこから聞こえてきたのは、言葉ではなく、悲痛な叫びだった。それは、過去の怨念が凝縮された、魂の叫び。旅館全体が、その叫びに呼応するように、軋み始めた。壁が崩れ、天井が落ちてくる。紅葉館は、まるで生きているかのように、崩壊していく。私は、必死にその場から逃げ出そうとした。しかし、足は重く、思うように動かない。女の叫びは、ますます大きくなり、私の意識を飲み込んでいく。そして、私は、闇の中に落ちていった。
第五ブロック:エピローグ – 残された能面
気が付くと、私は紅葉館の外に立っていた。旅館は跡形もなく消え去り、そこにはただ、深い森が広がっているだけだった。私は、自分の身に何が起こったのか、理解することができなかった。ただ、一つだけ覚えているのは、能面の女の怨念。そして、私の手には、あの時見た能面が握られていた。それは、冷たく、重く、私の心を蝕んでいく。私は、能面を森の中に投げ捨てた。しかし、その日の夜、私の夢の中に、赤い着物を着た女が現れた。彼女は、能面を被り、静かに、私を見つめていた。そして、私は、紅葉館の怪談は、まだ終わっていないことを悟った。