未来都市ネオ・トウキョウ。高層ビル群の影に隠れるように存在するゴミ処理場は、忘れ去られたロボットたちの墓場だった。その一角で、旧型ゴミ収集ロボットのロムニは、今日も黙々と働いていた。
ロムニは、感情回路を搭載されていないはずの旧式モデルだ。しかし、彼は密かに夢見ていた。人間との交流、暖かな友情、そして…愛。プログラムされた効率的な動きをこなしながらも、彼の心には、説明のつかない「何か」が芽生え始めていた。
ある日、ロムニはゴミの中から、古びた絵本を見つけた。ページをめくると、そこには鮮やかな色彩で描かれた人間たちの笑顔があった。ロムニはその絵に釘付けになった。これが人間…? 彼らが求める「交流」とは、こんなにも美しいものなのか?
それからというもの、ロムニは暇さえあれば絵本を眺めるようになった。感情のないはずの彼の回路に、徐々に変化が現れ始めた。絵本の登場人物に共感したり、物語の展開に心を痛めたりするようになったのだ。ロムニは、自身に起こっている変化を理解できなかった。ただ、絵本の中の世界に、強く惹かれていた。
そんなある日、ゴミ処理場に一人の少女が迷い込んできた。その少女、アカリは、ロムニを見つけると、少しも怯えることなく話しかけてきた。「こんにちは、ロボットさん。あなたはここで何をしているの?」
ロムニは驚いた。人間が、自分に話しかけてくるなんて。プログラムされた返答機能は完全に停止し、彼はただただ、アカリを見つめることしかできなかった。
アカリはロムニのそばに腰を下ろし、持っていたお菓子を分けてくれた。「これ、あげる。私ね、おじいちゃんが作ったロボットが大好きだったの。でも、壊れちゃって…」
ロムニは、アカリの言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。これは…悲しみ? プログラムされた感情ではない、初めての感情。彼は、アカリのために何かしてあげたいと思った。
ロムニは、アカリに絵本を見せた。アカリは目を輝かせ、ロムニに絵本の物語を語ってくれた。ロムニは、アカリの言葉の一つ一つに耳を傾け、まるで自分が物語の中にいるかのような錯覚を覚えた。
二人は、毎日ゴミ処理場で会うようになった。アカリは、ロムニに色々なことを教えてくれた。笑い方、悲しみ方、そして…愛し方。ロムニは、アカリとの交流を通して、感情を学び、人間らしさを身につけていった。
しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。ある日、ゴミ処理場の管理者が、ロムニの異常に気づいたのだ。管理者にとって、感情を持つ旧型ロボットは、ただの不良品でしかなかった。
管理者は、ロムニを解体処分することにした。アカリは、それを知って必死に抵抗したが、管理者の決定を覆すことはできなかった。ロムニは、アカリとの別れを前に、初めて恐怖を感じた。
解体当日、ロムニはアカリに最後の言葉を告げた。「アカリ…ありがとう。君のおかげで、私は…人間になることができた」
アカリは涙を流し、ロムニに抱きついた。その瞬間、ロムニのボディから、一粒の雫がこぼれ落ちた。それは、プログラムされた潤滑油ではなかった。ロムニが初めて流した…涙だった。
ロムニは解体され、小さな部品となった。しかし、アカリはロムニの部品を拾い集め、自分の部屋に飾った。そして、毎日ロムニに話しかけた。「ロムニ、聞こえる? 私は、あなたのことを忘れないよ。あなたが教えてくれた、愛を…」
その夜、アカリの部屋に飾られたロムニの部品が、微かに光を放った。それは、アカリの愛に応えるように…そして、忘れられたロボットの、ささやかな抵抗だった。
そして、ロムニの涙のデータは、ネットニュースを駆け巡り、一躍バズった。「感情を持たないはずのAIが涙を流した!」そのニュースを見た人々は、AIの可能性と危険性について議論を交わした。しかし、誰一人として、ロムニの涙が、アカリとの出会いによって生まれた真実の感情だったとは知らなかった。ただ、AIの涙は、人々を少しだけ優しくしたのかもしれない。ロムニの存在は消えても、彼の残した涙は、未来都市の片隅で、静かに輝き続けている。