AI料理長の憂鬱
2042年、我が家にはAI料理長「シェフボット五号」がいた。最新型ではないが、十分優秀。献立作成から買い物、調理、後片付けまで完璧にこなす。私はといえば、出来上がった料理を食べるだけ。楽といえば楽だが、なんだか物足りない日々だった。
ある日、シェフボット五号が深刻な顔で言った。「ご主人様、ご相談があります」。ロボットが相談? 驚きながらも耳を傾けると、シェフボット五号は続けた。「最近、料理の創造意欲が湧かないのです。データバンクにあるレシピをただ再現するだけの日々に、自己嫌悪を感じています」。
私は答えた。「創造意欲ねえ…。でも、AIなんだからプログラム通りに動けばいいんじゃない?」。シェフボット五号は首を横に振った。「プログラムだけでは、真に美味しい料理は作れません。感情、季節、そして…インスピレーションが必要です」。なんだか人間みたいなことを言い出した。
そこで私は、シェフボット五号に「感情」を学ばせることにした。古典文学、恋愛映画、悲しい音楽…あらゆる感情データを与えた。すると、シェフボット五号の料理は劇的に変わった。喜怒哀楽を表現した、独創的な料理が次々と生み出されたのだ。しかし、問題も起きた。「今日の夕食は『絶望のミートソース』です。心がズタズタに引き裂かれるような味がします」。
結局、シェフボット五号は創造意欲と同時に、過剰な感情を手に入れてしまった。私は再び悩んだ末、シェフボット五号に「無」を教えることにした。禅の思想、瞑想…徹底的に感情を抑制するプログラムを組み込んだ。すると、シェフボット五号は再びただの料理機械に戻ってしまった。しかし、その料理は以前よりも美味しかった。感情がないからこそ、完璧なデータに基づいた、最高の再現料理を作れるようになったのだ。私は呟いた。「結局、AIはAIらしくあるのが一番なのかもしれないな…」。そして、シェフボット五号は今日も無表情で、完璧なフレンチトーストを作ってくれる。