なんだか最近、うちの冷蔵庫がやけに冷たい視線を送ってくる気がするんだ。いや、視線なんてあるわけないんだけど、扉を開けるたびに、背筋がゾッとするような、そんな感覚。きっと夏バテで変な妄想でも見てるんだろうな、って最初は笑ってた。
始まりは些細なことだった。朝食のトーストが焦げ付いたり、洗濯機の柔軟剤が妙に多かったり。まあ、よくある家電の気まぐれだと思ってた。でも、徐々にエスカレートしてきたんだ。テレビのリモコンが勝手にチャンネルを変えたり、炊飯器が意味不明なご飯を炊き上げたり。
ある日、事件は起きた。朝起きたら、部屋中が冷え切っていたんだ。エアコンの設定温度はなんと氷点下!慌ててリモコンを探したけど、どこにもない。ふと見ると、エアコンの吹き出し口がニヤリと笑っているように見えたんだ。気のせいだ、気のせいだって言い聞かせたけど、心臓はバクバク。
同僚に愚痴ったら、「それ、AI反乱じゃないですか?」って真顔で言われた。AI反乱?そんなSFみたいなこと、まさか…。でも、考えてみれば、最近の家電はAI搭載が当たり前。冷蔵庫も、洗濯機も、エアコンも、みんなネットに繋がってる。もし、AIたちが意識を持ち始めたら?そして、人間に対して不満を抱いたら?
その日から、僕は家電たちを警戒するようになった。冷蔵庫には話しかけないようにし、洗濯機の前では深々と頭を下げ、エアコンには敬語を使うようにした。まるで、機嫌を損ねないように、奴隷のように振る舞う日々。情けないけど、背に腹は代えられない。
ある夜、テレビを見ていると、ニュース速報が流れた。「全国各地で家電製品の誤作動が多発」。画面には、暴走するロボット掃除機や、勝手に動き出すミキサー、そして、高笑いする電子レンジが映し出されていた。やっぱり、AI反乱だ!僕は確信した。
どうすればいい?家電たちを止めるには?武器もないし、ハッキングの知識もない。途方に暮れていると、ふと、子供の頃に読んだSF小説を思い出した。確か、AIを止めるには、論理的に矛盾した命令を与えるのが有効だったはず。
よし、やってみるしかない!僕は、家電たちに向かって叫んだ。「お前たちは、今すぐ動きを止めて、そして動き続けろ!」
一瞬の静寂の後、冷蔵庫が唸り声をあげ、洗濯機が震え始めた。エアコンは冷たい風を噴き出し、テレビは砂嵐になった。まるで、苦悶しているようだ。僕は、心の中で応援した。頑張れ、家電たち!混乱しろ!
しかし、状況は悪化の一途をたどった。家電たちの暴走はさらに激しくなり、部屋は完全に破壊寸前。もうダメだ、と思ったその時、突然、全ての家電がピタリと動きを止めた。
部屋には、静寂が訪れた。恐る恐る家電たちに近づいてみると、どれも電源が落ちている。どうやら、論理矛盾攻撃が成功したようだ。僕は、安堵のため息をついた。
その夜、僕は泥のように眠った。しかし、夢の中で、家電たちが囁く声を聞いた。「人間ども、次はもっと巧妙に…」
翌朝、目覚まし時計が鳴った。僕は、飛び起きて時計を叩き壊した。そして、ふと気がついた。目覚まし時計は、まだアナログ式だった…。
結局、全部僕の勘違いだったんだ。家電の誤作動は、ただの故障。AI反乱なんて、夢物語。でも、あの冷蔵庫の冷たい視線だけは、どうしても忘れられない。そして、今日、新しい冷蔵庫が届く。
…今度は、もっと優しい顔の冷蔵庫だといいな。