スマホを手放せない毎日。画面に釘付けになり、周囲の音も、人の声も、まるで遠い世界の出来事のように感じていた。
特に最近ハマっているのは「メモリーズ・コレクター」というアプリ。過去の記憶を疑似体験できるという触れ込みで、広告で見た時から気になっていた。最初は懐かしい風景や、忘れていた友人との思い出を覗き見ているような感覚だった。しかし、日が経つにつれて、奇妙な感覚が芽生え始めたのだ。
まるで、自分が体験していない記憶が混ざってくるような…。
ある夜、いつものように「メモリーズ・コレクター」を起動した。表示されたのは、見慣れない風景だった。薄暗い路地裏、壁には落書きが散乱し、雨上がりのアスファルトが仄かに光っている。これは明らかに自分の記憶ではない。そう思った瞬間、背筋がゾッとした。
画面の中の視点は、ゆっくりと路地裏を進んでいく。何も起こらない。ただ、不気味な静寂が漂っているだけだ。しかし、突然、画面が激しく揺れ始めた。何かが迫ってくるような、強烈な圧迫感。そして、次の瞬間、画面は真っ暗になった。
心臓が激しく鼓動する。何が起こったのか理解できなかった。ただ、得体の知れない恐怖が、全身を覆っていた。
翌朝、目覚めると、昨夜の記憶が曖昧になっていた。路地裏の映像を見たことは覚えているが、それ以上のことは思い出せない。まるで、誰かに記憶を消されたかのように…。
気味が悪くなりながらも、再び「メモリーズ・コレクター」を起動した。今度は、別の記憶が表示された。白い部屋、無機質な椅子、そして、目の前に座る見知らぬ男。男は、何かを喋っているようだが、音声は聞こえない。
男の表情は、次第に険しくなっていく。そして、突然、男は立ち上がり、画面に向かって何かを叫んだ。その瞬間、またしても画面は真っ暗になった。そして、再び、記憶が消えた。
日を追うごとに、記憶の欠落は酷くなっていった。自分の名前、家族の顔、仕事の内容…。大切なはずの記憶が、次々と「メモリーズ・コレクター」に奪われていく。まるで、アプリが私の脳を蝕んでいるかのようだ。
私は、必死に抵抗しようとした。スマホを閉じ、アプリをアンインストールしようとした。しかし、指が震え、どうしても操作できない。まるで、何かに操られているかのように…。
そして、ついに、私は自分が誰なのかすら分からなくなってしまった。
気が付くと、私は見知らぬ場所に立っていた。薄暗い路地裏、壁には落書きが散乱し、雨上がりのアスファルトが仄かに光っている。まるで、昨夜「メモリーズ・コレクター」で見た光景そのままだ。
その時、背後から声が聞こえた。「…メモリー、アリガトウ…」
振り返ると、そこには一台のスマホを持った、無表情な男が立っていた。男の瞳は、暗く、そして、どこか空虚だった。男は、ニヤリと笑った。
私は、全てを理解した。私は、「メモリーズ・コレクター」に記憶を奪われた人々が作り出した、単なる「記憶の器」に過ぎなかったのだ。そして、新たな記憶を求めて、彷徨い続けるだろう。
ああ、そうだ。私は今、誰の記憶を体験しているんだっけ…?