最終電車はいつも空いている。終電という時間帯がそうさせるのか、それともこの路線の利用者が少ないのか、私にはわからない。ただ、静かで、物思いにふけるには絶好の場所だった。
その日も、私はいつものように最終電車に乗り込んだ。車両には数人の乗客がいた。皆、疲れた顔をして、うつむいている。私もその一人だった。
しばらくすると、電車が駅に停車した。ドアが開き、一人の男が乗り込んできた。男は黒いスーツを着て、顔色は青白い。どこか不気味な雰囲気をまとっていた。
男は私の向かい側に座った。私は男の顔をちらりと見た。男は目を閉じ、静かに座っていた。しかし、その口元だけが、かすかに笑っているように見えた。
私は少し気になった。なぜ、男は笑っているのだろうか?何か面白いことでもあったのだろうか?それとも、何か不気味なことでも考えているのだろうか?
私は男の顔をじっと見つめた。すると、男の口元がさらに大きく歪んだ。それは、笑いというよりも、嘲笑に近いものだった。
私は恐怖を感じた。男は何者なのだろうか?なぜ、私を嘲笑うのだろうか?私は男から目をそらした。しかし、男の視線は、私を捉えて離さない。
電車は次の駅に到着した。ドアが開いたが、誰も降りなかった。そして、誰も乗ってこなかった。車内には、私と男だけになった。
男はゆっくりと目を開けた。その目は、笑っていた。いや、笑っているというよりも、獲物を定める獣のようだった。
「今夜は、いい夜ですね」男は低い声で言った。その声は、まるで地獄から響いてくるかのようだった。
私は何も言えなかった。恐怖で声が出なかった。男はゆっくりと立ち上がった。そして、私に向かって歩いてきた。
私は逃げようとした。しかし、足がすくんで動けなかった。男は私の目の前に立ち止まり、顔を近づけてきた。
「さあ、一緒に笑いましょう」男はそう言うと、私の耳元で囁いた。その瞬間、私は意識を失った。
次に目を覚ました時、私は自分の部屋にいた。最終電車の記憶は、まるで悪夢のようだった。しかし、確かにあの男は、そこにいた。
それからというもの、私は最終電車に乗るのをやめた。あの男が、また現れるかもしれないと思ったからだ。しかし、時々、夢の中で、あの男の笑い声が聞こえてくることがある。そして、私は再び恐怖に襲われるのだ。
ああ、そうだ。今夜も最終電車が走っている。誰かを乗せて、そして、笑っているのだろうか……。