夜中に目が覚めた。喉がカラカラだ。冷蔵庫へ向かうと、かすかに「ブーン」という機械音だけが聞こえる。いつもより静かすぎるような気がした。気のせいだろうか。パジャマの袖をまくり上げ、冷たいドアノブに手をかけた。
冷蔵庫の中は、相変わらず秩序正しく…いや、違った。何か変だ。昨日買ったばかりのプリンがない。賞味期限が明日までのヨーグルトもない。一番上の段にあったはずの、妻が楽しみにしていた高級チーズケーキも消えている。
「泥棒…?」ありえない。うちはオートロックだし、そもそも冷蔵庫の中身だけ盗むなんて聞いたことがない。第一、冷蔵庫は二階にある。運ぶだけでも一苦労だ。
眠気が一気に吹き飛んだ。背筋に冷たいものが走る。これは、もしかして…幽霊の仕業?
そういえば、この冷蔵庫、中古で買ったものだった。前の持ち主がどんな人だったのか、詳しいことは知らない。もしかしたら、この冷蔵庫には、食べ物に執着した幽霊が住み着いているのかもしれない。
子供の頃に読んだ怪談話を思い出した。古いタンスに幽霊が住み着き、服を勝手に着ていく話だ。あれの冷蔵庫版か?食べ物を求めて彷徨う、冷蔵庫の幽霊。想像すると、なんだか間抜けで少し可愛らしい気もする。
しかし、笑い事ではない。僕のプリンやヨーグルト、そして妻のチーズケーキを奪っていくなんて許せない。幽霊だろうと何だろうと、冷蔵庫の中身を勝手に食べるのは泥棒と変わらない。
「よし、戦うしかない。」僕は決意した。幽霊との、冷蔵庫を巡る戦いが始まるのだ。
まずは情報収集だ。冷蔵庫の型番をネットで検索してみる。すると、いくつかの口コミが見つかった。「冷えすぎる」「電気代が高い」…そして、気になる書き込みがあった。「時々、冷蔵庫の中身が消える…」
やはり、この冷蔵庫には何かあるらしい。口コミの投稿者は、皆、引っ越して冷蔵庫を処分したと書いていた。僕もそうするべきだろうか。しかし、新しい冷蔵庫を買うお金はないし、何より、幽霊に負けるのは癪だ。
次の作戦は、冷蔵庫にカメラを仕掛けることだ。これで、幽霊の正体を暴いてやる。僕は早速、小型の隠しカメラをAmazonで注文した。明日には届くだろう。
その夜、僕は冷蔵庫の前に椅子を置いて徹夜することにした。幽霊が現れる瞬間をこの目で確かめるために。しかし、眠気には勝てず、気がつけば朝になっていた。そして、冷蔵庫の中身は、またいくつか消えていた。
ついに隠しカメラが届いた。僕は冷蔵庫の中にカメラを設置し、夜になるのを待った。今夜こそ、幽霊の正体を暴いてやる。そして、プリンとヨーグルト、チーズケーキを取り戻すのだ。
深夜、僕はパソコンのモニターに映る冷蔵庫の中の映像を凝視していた。しばらくすると、冷蔵庫のドアがゆっくりと開いた。中から現れたのは…なんと、妻だった。
「え…?」僕は思わず声を上げた。妻は冷蔵庫の中を物色し、何やら小さな瓶を取り出した。それは、高級チョコレートシロップだった。そして、妻はそれを一口飲むと、満足そうに微笑んだ。
僕は全てを理解した。冷蔵庫の幽霊の正体は、妻だったのだ。妻は、夜中にこっそり冷蔵庫からおやつを盗み食いしていたのだ。
僕は妻に問い詰めた。すると、妻は悪びれる様子もなく「だって、夜中に甘いものが食べたくなるんだもん」と言った。
僕は呆れて物も言えなかった。冷蔵庫の幽霊の正体が、まさか自分の妻だったとは。しかし、同時に、どこかホッとした気持ちもあった。幽霊騒ぎで済んでよかった。
その後、僕たちは話し合い、夜中に甘いものを食べるのは週に一度だけ、というルールを決めた。そして、冷蔵庫の中身が消える事件は、二度と起こらなかった。
冷蔵庫の幽霊事件は、こうして幕を閉じた。しかし、僕は忘れないだろう。あの静かで不気味な夜と、冷蔵庫の奥に潜む、甘い誘惑の正体を。ああ、妻よ。君こそが、真の冷蔵庫の幽霊だったのだ。