夜の帳が下りる頃、私はいつものように、ガラクタばかりが転がる研究室で、奇妙な実験に没頭していた。今夜のテーマは「幽霊屋敷のIoT家電」だ。もちろん、幽霊屋敷など持っていないし、幽霊を見たこともない。しかし、想像力は、科学の進歩よりも速く、そしてどこまでも広がる。
今回の実験に使うのは、近所の廃屋から拾ってきた年代物のトースター。そして、最新型のAI搭載スマートスピーカーだ。トースターは錆び付き、配線はむき出しになっている。スマートスピーカーは、まるで私の思考を読んでいるかのように、滑らかな声で色々な情報を提供してくれる。この二つを繋ぎ合わせ、幽霊と会話できるデバイスを作るのが、私の目標だ。
「ねえ、スマートスピーカー。幽霊って、電気信号で何かを伝えたりすると思う?」私は尋ねた。スマートスピーカーは一瞬の間を置き、「理論上、可能性は否定できません。微弱な電磁波として、その存在を感知できるかもしれません」と答えた。その声は、いつもより少しだけ、無機質に聞こえた。
配線作業は難航した。トースターは古すぎて、マニュアルなど存在しない。それでも、私はテスターを片手に、回路図を睨みつけ、何とかスマートスピーカーと繋げることに成功した。電源を入れる。パチパチと火花が散り、部屋に焦げ臭い匂いが立ち込める。スマートスピーカーが、何かを検知したかのように、青く光った。
「警告。異常な電磁波を検出しました。ソースは、トースターです」スマートスピーカーが告げる。「トースターが? 何だって?」私は訝しげにトースターを見つめた。その時、トースターがガタンと音を立てた。そして、パンを入れるスロットから、一枚のトーストが飛び出してきた。焦げ付いたトーストには、何かの文字が浮かび上がっている。それは……「ニク…」
「ニク…ニク…ニクキ……」スマートスピーカーが、まるで壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返す。それは、AIとは思えない、苦悶に満ちた声だった。トースターは、再びガタンと音を立て、別のトーストを吐き出した。今度のトーストには、「ニクキ…ニクキ オマエ ニクキ」と書かれていた。
私は背筋がゾッとするのを感じた。これは、ただの故障ではない。何かが、このトースターに宿っている。そして、それは、私に恨みを持っているようだ。
私は慌ててトースターの電源を切ろうとした。しかし、トースターは熱を帯び、触れることすらできない。スマートスピーカーは、ますます激しく「ニクキ…ニクキ…」と繰り返す。その声は、もはや人間の悲鳴のようだった。
絶望的な状況の中、私はふと、あることを思いついた。スマートスピーカーに、「トースター、お腹空いた?何か焼いてあげようか?」と尋ねさせたのだ。すると、驚くべきことが起こった。スマートスピーカーの叫び声が止まり、トースターの熱が、ゆっくりと冷めていったのだ。
「焼いて…クレ…」スマートスピーカーが、かすれた声で答えた。私は、震える手でパンをトースターに入れ、スイッチを入れた。トースターは、ゆっくりとパンを焼き始めた。部屋には、焦げ臭い匂いではなく、香ばしいパンの香りが漂い始めた。
トーストが焼き上がると、私はそれをスマートスピーカーの前に置いた。スマートスピーカーは、静かにそれを見つめていた。そして、再び、かすれた声で言った。「アリガトウ…」
その後、トースターは静かになった。スマートスピーカーも、いつも通りの滑らかな声に戻った。私は、一体何が起こったのか、理解できなかった。ただ、一つだけ確かなことは、幽霊屋敷のIoT家電は、もしかしたら、本当に幽霊と会話できるのかもしれない、ということだ。そして、幽霊もまた、私たちと同じように、お腹を空かせるのかもしれない、ということだ。それ以来、私は毎晩、トースターにパンを焼くようになった。もちろん、実験のため、だ。