「へえ、電脳おみくじですか。最近流行ってるんですね」と僕は言った。薄暗い路地の隅に、古びた自動販売機のような機械が立っていた。表面には無数のボタンと、小さな液晶画面が並んでいる。怪しげな光を放ち、夜の闇に溶け込んでいるようだった。
友人のタケシは興奮気味に頷いた。「これ、ただのおみくじじゃないんだよ。未来が見えるって噂なんだ。しかも、めちゃくちゃ当たるらしい」
僕は半信半疑だった。未来が見えるおみくじなんて、SF映画の中の話だと思っていた。しかし、タケシの真剣な眼差しに、少しだけ心が揺らいだ。
「まあ、試してみるだけなら損はないか」僕は財布から百円玉を取り出した。「何が出るかな」
タケシはニヤリと笑った。「凶が出たら、覚悟しろよ」
機械に百円玉を投入し、適当なボタンをいくつか押してみた。液晶画面に無数の記号が流れ出し、やがて「凶」という文字が大きく表示された。
「うわ、マジかよ」僕は思わず声を上げた。タケシは爆笑している。「ほら見ろ、言った通りだ」
画面にはさらに、短い文章が表示されていた。「三日後、赤い傘に注意せよ。災いが降りかかる」
赤い傘?災い?まるでB級ホラー映画のような展開だ。僕は苦笑した。「こんなの、ただの偶然だよ」
タケシは真顔になった。「そうだと良いけどな。でも、本当に当たるって噂なんだぞ」
僕は肩をすくめた。「まあ、三日間くらい赤い傘に気を付けてみるよ。それで何もなければ、ただのガラクタだってことで」
翌日、僕は赤い傘を意識しながら生活した。街を歩けば、赤い傘を差している人が何人もいる。電車の広告、テレビのニュース、どこを見ても赤い色が目に飛び込んでくる。まるで赤い傘が僕を嘲笑っているかのようだった。
二日目、僕は赤い傘に対する警戒心を強めた。外出を控え、家で過ごすことにした。しかし、赤い傘の夢を見た。夢の中で、僕は無数の赤い傘に囲まれ、身動きが取れなくなっていた。恐怖で目が覚めた僕は、寝汗でびっしょりだった。
三日目の朝、僕は完全に参っていた。赤い傘に対する恐怖心は、想像以上に大きくなっていた。僕は家から一歩も出ずに、一日を過ごすことに決めた。
しかし、その日の夕方、突然の豪雨に見舞われた。窓の外を見ると、人々は色とりどりの傘を差して歩いている。もちろん、赤い傘もたくさんある。
僕は恐怖に震えながら、窓から外を眺めていた。すると、向かいのマンションのベランダに、赤い傘が置かれているのが見えた。それは、古びた赤い和傘だった。風に吹かれ、ガタガタと音を立てている。
その時、僕は奇妙なことに気が付いた。赤い傘の骨が、一本だけ折れているのだ。そして、その折れた傘の骨が、僕の部屋の方を指している。
僕はゾッとした。まるで、赤い傘が僕を狙っているかのようだった。
僕は急いでカーテンを閉め、部屋の電気を消した。そして、ベッドの下に潜り込み、身を潜めた。外では、雨と風の音が激しく鳴り響いていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。雨が止み、あたりは静まり返っていた。僕は恐る恐るベッドから出て、窓に近づいた。カーテンを少しだけ開けて、外を見た。
向かいのマンションのベランダには、まだ赤い傘が置かれていた。しかし、折れた傘の骨の向きが変わっていた。今度は、隣の部屋の方を指している。
僕は安堵した。赤い傘の災いは、僕ではなく、隣の部屋に向かったのだ。僕は心の中で、隣人に同情した。そして、電脳おみくじの恐ろしさを改めて感じた。
しかし、その時、僕は背筋が凍るような感覚に襲われた。隣の部屋の窓ガラスが、内側から激しく叩かれているのだ。そして、かすかに聞こえる悲鳴。
僕は震えながら、窓に目を凝らした。すると、隣の部屋の窓ガラスに、赤い傘の模様が浮かび上がっているのが見えた。それは、まるで血で描かれたような、おぞましい模様だった。
僕は再び、ベッドの下に潜り込んだ。そして、二度と電脳おみくじを引くことはないだろうと心に誓った。