コンビニの蛍光灯が、やけに目に痛かった。深夜2時過ぎ。眠気覚ましのコーヒーを買おうと立ち寄ったのだが、どうにも店内が静かすぎる。
いつもなら、深夜勤務の店員が倦怠感を隠そうともせずにレジに立っているか、掃除機をかけている音が聞こえるはずだ。しかし、今日は違う。完璧な静寂。まるで時間が止まったかのようだ。
奥の棚からインスタントコーヒーの瓶を取り、レジに向かう。レジには誰もいない。奥の事務所を覗いてみても、人の気配はない。まさか、強盗か?いや、商品は綺麗に並んでいるし、荒らされた形跡もない。
「すみませーん」
声を張り上げてみたが、返事はない。コンビニには、僕一人しかいないようだ。
仕方なく、コーヒーの瓶を持って店内をうろつく。雑誌コーナーを通り過ぎ、お菓子コーナーへ。ふと、棚の一番下にある、見慣れないチョコレートが目に入った。「悪夢チョコレート」と書かれている。
パッケージには、禍々しい絵柄が描かれていた。黒い背景に、歪んだ顔がいくつも浮かんでいる。まるで、悪夢そのものを具現化したようなチョコレートだ。値段は、異様に高い。1枚1000円。
好奇心がむくむくと湧き上がってきた。こんな時間に、こんなコンビニに、こんなチョコレートが置いてあるなんて、何か意味があるに違いない。これは、試してみるしかない。
僕は、悪夢チョコレートを手に取り、レジへ戻った。やはり、誰もいない。ため息をつき、自分の財布から1000円札を取り出し、レジ横の料金箱に入れた。コーヒーとチョコレート、これでよし。
コンビニを出て、駐車場に停めてあった車に乗り込む。エンジンをかけ、コーヒーを一口。苦味が眠気を吹き飛ばしてくれる。そして、悪夢チョコレートの封を切った。
チョコレートは、真っ黒だった。表面はざらざらしていて、まるで砂のようだ。一口かじってみる。苦い。強烈な苦味と、後からじわじわと押し寄せてくる奇妙な味がする。何とも言えない、不快な味が口の中に広がる。
まずい。これは、本当にまずい。僕は、慌ててチョコレートを吐き出した。しかし、口の中に残る味は、なかなか消えない。水筒のお茶で口をゆすぎ、ようやく落ち着いた。
「何だったんだ、あれは…」
僕は、震える手で悪夢チョコレートのパッケージをゴミ箱に捨てた。もう二度と、あんなものは食べたくない。
家に戻り、ベッドに倒れ込む。疲れていたのだろう、すぐに眠りに落ちた。そして、悪夢を見た。
夢の中では、僕はコンビニの中にいた。しかし、いつものコンビニとは違う。店内は暗く、棚は歪み、商品は腐っている。床には、黒い液体が染み出している。
奥の事務所から、うめき声が聞こえてくる。恐る恐る事務所を覗いてみると、そこには、コンビニの店員がいた。しかし、店員は人間ではなかった。顔は歪み、目は充血し、口は大きく裂けている。手足は細長く、関節はありえない方向に曲がっている。
店員は、僕に気づき、ゆっくりとこちらを向いた。そして、口を大きく開け、けたたましい叫び声を上げた。その叫び声は、僕の脳髄を揺さぶるように響き渡った。
僕は、悲鳴を上げながら逃げ出した。コンビニの中を走り回り、出口を探す。しかし、出口は見つからない。コンビニは、まるで迷路のように、僕を閉じ込めようとしている。
突然、目が覚めた。心臓が激しく鼓動している。全身に冷や汗が滲んでいる。時計を見ると、朝の6時だった。悪夢を見たのは、夢の中だけではなかったようだ。
僕は、ベッドから起き上がり、顔を洗った。そして、コンビニへ向かった。確かめたいことがあったからだ。
コンビニに着くと、いつものように営業していた。深夜勤務の店員が、レジに立っている。店内には、お客も何人かいる。まるで、昨夜の出来事が嘘だったかのようだ。
僕は、お菓子コーナーへ向かった。そして、棚の一番下を探した。しかし、悪夢チョコレートは、どこにもなかった。昨夜、確かにあったはずなのに。
店員に聞いてみた。「あの、悪夢チョコレートって、ありますか?」
店員は、怪訝そうな顔で答えた。「悪夢チョコレート?そんなもの、うちには置いてませんよ」
僕は、何も言えずにコンビニを後にした。あれは、一体何だったのだろうか?本当に、悪夢を見ただけだったのだろうか?
ふと、ゴミ箱に目をやると、そこに、見覚えのあるパッケージが落ちていた。それは、悪夢チョコレートのパッケージだった。