古い洋館が売りに出されていた。築百年はくだらないだろう。蔦が絡まり、窓ガラスは汚れ、どこからか低い唸り声が聞こえてくる。幽霊屋敷として有名な場所だった。
だが、私は気にしなかった。むしろ好都合だった。なぜなら、私はWi-Fi環境を求めていたからだ。都会の喧騒を離れ、静かな環境で執筆活動に集中したかった。幽霊屋敷なら、人も寄り付かないだろう。
不動産業者は案の定、乗り気ではなかった。「本当にいいんですか? 夜は特に…」と何度も念を押された。私は笑顔で「大丈夫です。幽霊と友達になれるかもしれません」と答えた。
引っ越しはスムーズだった。荷物は最小限に抑え、必要なのはノートパソコンと無線LANルーターだけだ。洋館の中は想像以上に広く、埃っぽかった。天井は高く、シャンデリアがぶら下がっているが、電球はいくつか切れていた。
早速、Wi-Fiの設定に取り掛かった。ルーターの電源を入れ、パソコンを起動する。しかし、電波が弱い。洋館の壁が厚すぎるのだろうか。仕方なく、ルーターを窓際に置いてみる。それでも、アンテナは一本しか立たない。
「参ったな」私は呟いた。Wi-Fiが繋がらなければ、仕事にならない。最悪、引っ越すことも考えなければならないかもしれない。
その夜、奇妙なことが起こった。深夜、パソコンに向かっていると、背後から冷たい視線を感じた。振り返ると、そこには半透明の女性が立っていた。長い髪を垂らし、白いドレスを着ている。幽霊だ。
私は驚かなかった。むしろ、「ああ、やっぱりいたか」と思った。幽霊屋敷なのだから、幽霊がいてもおかしくない。それに、私は幽霊を怖がるタイプではない。
「こんばんは」私は幽霊に挨拶をした。「Wi-Fiの電波が弱くて困っているんです。何か方法はありませんか?」
幽霊は何も言わずに、私をじっと見つめていた。そして、ゆっくりと手を伸ばし、ルーターに触れた。すると、どうだろう。アンテナが一気に5本になった。Wi-Fiがフルパワーで繋がったのだ。
「ありがとうございます!」私は幽霊にお礼を言った。「まさか、Wi-Fiを強化してくれるとは思いませんでした」
幽霊は微笑んだようだった。そして、ふっと消えた。私はすぐにパソコンを開き、インターネットに接続した。信じられないほど速い。これなら、仕事も捗るだろう。
その後、幽霊は毎晩のように現れ、Wi-Fiを強化してくれた。彼女はルーターに触れるだけで、電波は最強になる。私は快適なWi-Fi環境を手に入れ、執筆活動に没頭することができた。
ある日、私は幽霊に尋ねた。「なぜ、Wi-Fiを強化してくれるんですか?」
幽霊は答えた。「退屈だったから」
私は笑った。幽霊も現代的な悩みを持っていたのか。そして、思った。ひょっとすると、この幽霊屋敷のWi-Fi環境は、私と幽霊の共同作業で作り上げられたものなのかもしれない、と。