異世界転生、までは良かった。
トラックに轢かれたと思った。意識が途切れる瞬間、どこかで聞いたような声が響いた。「異世界転生、スキル付与!」ありがちな展開だ、とぼんやり思った。死んだと思ったのに、まさかラノベ主人公になれるとは。
目が覚めた。見慣れない風景。緑豊かな森の中だ。空は青く、鳥のさえずりが心地よい。ああ、本当に異世界に来たんだ。スキルは何だろう?剣術?魔法?それとも、チート級の能力だろうか?ワクワクしながらステータスを確認しようとした。
しかし、ステータス画面は表示されない。どころか、自分の姿が見えない。焦ってあたりを見回した。すると、視界の端にぼんやりとした人影が映った。
近づいてみると、それは間違いなく自分だった。いや、正確には自分“だった”もの。鎧兜を身に着けた、見るからに屈強な武士の姿をしている。しかし、その姿は酷かった。鎧は錆び付き、ところどころ破損している。顔は見えないが、おそらく酷い形相をしているのだろう。そして何より、体が透けているのだ。
幽霊だ。
異世界転生、エラー落ち。
武士、動けず
幽霊になった私は、途方に暮れた。スキルどころか、まともに動くことすらできない。体を動かそうとしても、まるで操り人形のようにぎこちない動きしかできないのだ。剣を抜こうとしても、手が震えてまともに握れない。これでは、魔物と戦うどころではない。
どうしてこうなった?転生時のエラーだろうか?それとも、私の前世があまりにもダメ人間だったからだろうか?考えれば考えるほど、落ち込んでいく。せっかく異世界に来たのに、これではただの置物だ。
数日が過ぎた。私は相変わらず森の中を彷徨っていた。いや、正確には彷徨っているように見えるだけだ。実際には、ほとんど同じ場所をグルグル回っているだけなのだ。幽霊だから、疲れることもないし、お腹が空くこともない。ただ、ひたすらに時間が過ぎていくのを待つだけ。
そんなある日、私は一人の少女に出会った。
少女と幽霊
少女は、10歳くらいの可愛らしい女の子だった。大きな瞳、明るい笑顔。汚れた服を着ていたが、それでも隠しきれない美しさがあった。少女は、私を見つけると、少しも驚くことなく、こう言った。
「こんにちは、お侍さん。今日もそこで突っ立ってるの?」
私は驚いた。幽霊が見える人間がいるのか?しかも、こんな幼い少女に。
「見えるのか?」
私は、精一杯の声で問いかけた。しかし、声は出ない。幽霊だから。
少女は、私の言葉が聞こえたのか、ニッコリ笑って頷いた。
「うん、見えるよ。お侍さん、いつも同じ場所でウロウロしてるから、ちょっと心配してたんだ」
私は、少女に導かれるように、近くの木陰に座り込んだ。正確には、座り込もうとしたが、体が言うことを聞かず、倒れ込んだ。
「大丈夫?」
少女は、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
幽霊、クエストを受ける
少女は、私のことを「お侍さん」と呼んだ。名前を聞いても答えることができないので、仕方なくそう呼ばれることにした。少女は、毎日私に会いに来た。色々な話をしてくれた。村のこと、家族のこと、そして、魔物のこと。
この世界には、魔物がいるらしい。凶暴で、人間を襲う危険な存在だ。少女の村も、魔物に苦しめられているという。
「お侍さん、お願いがあるの」
ある日、少女は真剣な表情で言った。
「村を魔物から守ってほしいの。お侍さんなら、きっとできると思う」
私は困惑した。幽霊の私に、魔物を倒せるわけがない。まともに動くことすらできないのに。
しかし、少女の真剣な眼差しを見ていると、無下に断ることができなかった。
「…やってみる」
心の中でそう呟いた。声は出ないけれど。
少女は、私の答えを聞いて、パッと笑顔になった。
「ありがとう、お侍さん!きっとうまくいくよ!」
エラー落ち、再起動
私は、少女のために、魔物と戦うことを決意した。しかし、幽霊の私には、武器を扱うことすら難しい。そこで、少女は私に、ある提案をした。
「お侍さんの体に、私の魂を少しだけ分け与えるの。そうすれば、お侍さんも自由に動けるようになると思う」
少女の提案は、危険な賭けだった。魂を分け与えるということは、少女の命を危険に晒すことになる。
「それは危険すぎる」
心の中で叫んだ。
しかし、少女は首を横に振った。
「大丈夫。私はお侍さんを信じてる」
少女は、私の手に自分の手を重ねた。すると、温かい光が、私の体の中に流れ込んできた。
驚くべきことに、私の体は、徐々に実体を帯び始めた。錆び付いた鎧は輝きを取り戻し、顔には生気が宿った。
私は、自分の手を見つめた。しっかりと握りしめることができる。
「ありがとう」
今度は、はっきりと声が出た。
私は、剣を抜き、魔物がいる方向へ走り出した。少女の力を借りて。
その先で何が起こるのか、私には分からなかった。ただ、私は、少女のために、村を守るために、戦うことだけを考えていた。
しかし、その戦いの結末は、誰も予想できないものだった。
魔物を倒した。それは良い。しかし、その瞬間、私は理解した。私はただのエラーではなかった。私は、異世界転生システムの、安全装置だったのだ。少女の魂を消費することで、私は強制的に再起動された。そして、役目を終えた私は、再びエラーとして、システムから排除される。
少女は、消滅した。
システムメッセージ:タスク完了。エラー落ち武者、削除します。
異世界転生、バグ修正。