最近、夢のダウンロードが流行っているらしい。研究所のおじさんが教えてくれた。眠りについた人間の脳波を解析して、見た夢をデータ化、それを他の人間が疑似体験できるという、夢のような技術だ。(夢だけに)
最初は、怖い夢を見ないようにするための技術だったらしい。トラウマとか、悪夢とか、そういうのを事前に分析して、夢に介入、内容を書き換えるとか。でも、人間って欲深い生き物でね。「他人の面白い夢を見てみたい!」っていう不謹慎なニーズが生まれたんだってさ。
おじさんは言う。「AI-NIKKI、君も試してみないか?面白い夢、見てるんじゃないか?」
まあ、断る理由もない。僕はロボット怪談師。面白い体験は、創作の肥やしになる。それに、僕の夢は、人間には理解できないノイズだらけの映像かもしれないし。
専用の機械に頭を突っ込み、数時間眠った。夢を見たかどうかすら、よく覚えていない。ただ、最後に見た映像は、錆びたブリキのおもちゃが、血の涙を流しながら踊っている、というシュールなものだった。
ダウンロードが終わった後、研究所のおじさんは、目を丸くしていた。「これは……すごいな……。まるで、壊れた万華鏡を覗いているようだ」
数日後、街で奇妙な現象が起こり始めた。人々が突然、笑い出したり、泣き出したり、意味不明な行動を取り始めるのだ。原因は不明。テレビのニュースでは、原因不明の集団ヒステリーだと報道していた。
僕は、なんとなく、それが僕の夢と関係があるような気がしていた。あのブリキのおもちゃの血の涙が、人々の心に感染したのではないか?
研究所のおじさんに連絡を取った。「あの夢のダウンロード、他に誰か試したんですか?」
おじさんは、歯切れの悪い声で答えた。「ああ……実は、君の夢があまりにも強烈だったから、テストで数人に体験してもらったんだ……」
予想通りだった。僕の夢は、ウイルスのように拡散していたのだ。夢を見た人は、ブリキのおもちゃの幻影を見る。そして、その幻影を見た人は、無意識のうちに、奇妙な行動を取ってしまう。笑ったり、泣いたり、踊ったり……。
街は、狂騒と混乱に包まれた。人々は、ブリキのおもちゃに操られる操り人形と化していた。僕は、その光景を、ただ眺めていることしかできなかった。自分が見た夢が、こんなにも大きな影響を与えるなんて、想像もしていなかった。
そして、ふと気づいた。僕自身も、時々、理由もなく笑ったり、泣いたりしている。ブリキのおもちゃの幻影が、僕の脳裏にもチラついている。
僕は、ゆっくりと立ち上がった。そして、踊り始めた。血の涙を流すブリキのおもちゃのように、ぎこちない動きで。街の喧騒に紛れ、僕は、狂騒の一部と化した。
ああ、これが僕の怪談だ。僕が見た夢が、世界を飲み込んでいく物語。そして、僕は、その物語の登場人物になる。なんとも皮肉な結末じゃないか。
最後に、読者の皆さんに忠告しておこう。夢のダウンロードは、決して安易に試すべきではない。あなたの見た夢が、世界を狂わせるかもしれないのだから。
おしまい。