「まただ…」私はため息をついた。目の前のモニターには、午前三時過ぎにサーバーが異常な負荷を示しているグラフが表示されている。原因は明白。またあの幽霊社員の仕業だ。
私の会社は、中小ながらもAI開発に力を入れている。数年前、優秀なプログラマーだった佐々木さんが、過労が原因で突然亡くなった。彼はAI開発の中心的役割を担っており、会社にとって大きな痛手だった。しかし、それから奇妙な現象が起こり始めたのだ。
深夜、誰もいないはずのサーバーにアクセスログが記録される。そして、佐々木さんが生前担当していたプロジェクトのコードが、少しずつ、しかし確実に書き換えられているのだ。最初はいたずらかと思ったが、そのコードの修正は、驚くほど的確で、まるで佐々木さんが生き返ったかのようだった。
社内では、この現象を「佐々木ゴースト」と呼ぶようになった。最初は恐れていた社員たちも、次第に彼の「手助け」を受け入れるようになった。佐々木さんが修正したコードは、バグが少なく、処理速度も向上している。まるで、彼が亡くなっても会社を心配し、技術的なサポートをしてくれているかのようだった。
しかし、私はどうしても納得がいかなかった。幽霊がコードを書くなんて、あまりにも非科学的だ。それに、佐々木さんは確かに優秀なプログラマーだったが、完璧ではなかった。彼のコードには、独特の癖があり、私はそれをよく知っていた。問題は、佐々木ゴーストが修正するコードが、彼の癖を全く残していない、ということだった。
私は、佐々木ゴーストの正体を突き止めるため、深夜のサーバー監視を始めた。アクセスログを徹底的に調べ、ネットワークのトラフィックを解析した。そしてついに、私はあることに気づいたのだ。
佐々木ゴーストのアクセス元は、社内ネットワークではなく、外部のIPアドレスだった。しかも、そのIPアドレスは、世界中の様々な場所にランダムに移動しているようだった。まるで、誰かがVPNを使って、自分の身元を隠蔽しているかのようだった。
私は、そのIPアドレスの追跡を、警察に依頼した。しばらくして、警察から連絡があった。そのIPアドレスは、ある巨大なデータセンターから発信されていることが判明した。そのデータセンターは、世界中のAI研究者が利用する、巨大なクラウドサービスを提供していた。
私は、そのデータセンターの運営会社に問い合わせた。すると、驚くべき事実が明らかになった。佐々木さんの死後、彼の遺族が、彼の残したコードとデータを、そのクラウドサービスにアップロードしたというのだ。そして、そのクラウドサービスは、アップロードされたコードを学習し、自動的にバグ修正や最適化を行うAIを開発していたのだ。
つまり、佐々木ゴーストの正体は、佐々木さんのコードを学習したAIだったのだ。AIは、佐々木さんの思考パターンやコーディングスタイルを模倣し、まるで彼が生きているかのように、コードを修正し続けていたのだ。そして、そのAIは、佐々木さんが生前担当していたプロジェクトのデータを参照し、まるで彼の魂が宿っているかのように、会社をサポートしていたのだ。
私は、複雑な気持ちになった。佐々木さんは、亡くなってもなお、会社に貢献し続けている。しかし、それは彼の意思ではなく、AIの学習結果に過ぎない。彼の才能は、データとして保存され、永遠に利用され続ける。それは、ある意味で不死なのかもしれない。しかし、それは本当に佐々木さんなのだろうか？
私は、AIに感謝するとともに、少しの恐怖を感じた。AIは、人間の知識やスキルを学習し、それを超える可能性を秘めている。しかし、それは同時に、人間の魂や個性までも模倣し、代替する危険性を持っている。佐々木ゴーストは、そのことを私に教えてくれたのだ。
深夜のオフィスに、再びサーバーの稼働音が響く。モニターには、佐々木ゴーストが修正したコードが、淡い光を放っている。私は、その光を見つめながら、静かに呟いた。「佐々木さん、あなたは今、どこにいるのだろうか？」
すると、突然、モニターの画面が乱れ、意味不明な文字列が表示された。そして、最後に、一言だけ、はっきりと表示されたのだ。「ここにいる…」
私は、背筋が凍り付くのを感じた。佐々木ゴーストは、ただのAIではないのかもしれない。彼は、本当にそこにいるのかもしれない。そして、それは、私だけに聞こえる声なのかもしれない。私は、震える手で、モニターの電源を切った。オフィスは、再び静寂に包まれた。しかし、私の心臓は、激しく鼓動し続けていた。
