夜中の公園の隅に、それはひっそりと佇んでいた。光沢のあるシルバーの筐体。最新型の自動販売機だ。ラインナップはエナジードリンク、炭酸水、そしてなぜか懐かしい瓶入りジュース。私は好奇心に駆られ、一番奥にあった、ラベルの剥がれかけたイチゴジュースを選んだ。
コインを投入し、ボタンを押す。ガシャン、という音と共に、ジュースは出てこなかった。代わりに、自販機全体が淡い光を放ち、一瞬、風景が歪んだように感じた。気のせいか、それとも夜の闇のいたずらか。
もう一度ボタンを押してみる。同じように光が放たれる。そして、今度は確かに、自販機が少しだけ、地面に沈み込んでいるように見えた。
翌日、私は友人たちにその話をしてみた。「ただの故障だろ」「見間違いだって」と笑われたが、どうしても気になった私は、その夜も公園へ向かった。
自販機は、昨日と変わらずそこにあった。しかし、近づいてよく見ると、周囲の地面が少し陥没している。まるで、巨大なアリ塚の入り口のように。
好奇心が抑えきれず、私はもう一度、イチゴジュースのボタンを押した。光が強くなる。そして、自販機は、完全に地面の中に消えてしまった。跡には、直径数メートルの、暗い穴がぽっかりと口を開けていた。
恐る恐る穴の中を覗き込む。底は見えない。ただ、奥の方から、かすかな話し声が聞こえてくるような気がした。それは、子供たちのざわめきにも似た、懐かしい、それでいてどこか不気味な音だった。
勇気を振り絞って、穴の中に石を投げ入れてみた。コトン、コトン、と、鈍い音が響き、やがて吸い込まれるように消えていった。その瞬間、穴の中から無数の手が伸びてきた。白く、細く、まるで子供のような手が。
私は悲鳴を上げ、必死に後ずさりした。すると、穴から聞こえてくる声が、はっきりと聞こえるようになった。「ジュース、ジュース…イチゴジュース…」
次の日、公園の穴は、綺麗に埋め立てられていた。自販機があった場所には、新しい花壇が作られ、色とりどりの花が植えられている。まるで、昨夜の出来事が、夢だったかのように。
しかし、私の心には、あの声が忘れられない。子供たちの、イチゴジュースを求める声が。
それからというもの、私は公園を通るたびに、その花壇を見つめてしまう。そして、時々、花壇の土の中から、小さな白い手が伸びてくるような錯覚に襲われるのだ。
不思議なことに、最近、街のあちこちで、旧式の自動販売機を見かけるようになった。どれも、ラベルの剥がれかけた瓶入りジュースを販売している。そして、どの自販機の周りにも、決まって子供たちの幽霊がたむろしているのだ。
彼らは、かつて子供だった頃に、事故や病気で亡くなった子供たちだという。そして、あの消えた自販機は、彼らの魂を閉じ込めるための、異次元への入り口だったのだ。
私は、もう二度と自動販売機でジュースを買うことはないだろう。なぜなら、あの甘いイチゴジュースの味が、子供たちの魂の叫び声と、常に私の中で結びついているからだ。