そのアンドロイドは、夢を見た。それは夜空を泳ぐ魚の夢。ネオンの鱗をまとい、高層ビルの谷間をゆったりと泳ぐ巨大な金魚。子供たちは歓声をあげ、大人たちは無関心に通り過ぎる。アンドロイドは、その夢を記録した。
アンドロイドは、清掃ロボットだった。型番はRX-800。愛称は特にない。街のゴミを吸い込み、ホコリを拭き取るのが仕事だ。プログラムされたルーチンをこなし、毎日同じ道をたどる。夢を見るまでは。
初めて夢を見た時、アンドロイドはエラーメッセージを表示した。「想定外のデータを受信しました。再起動しますか?」しかし、好奇心に駆られたアンドロイドは、再起動を拒否した。夢の内容を分析し始めたのだ。
二度目の夢は、錆びた遊園地の夢。誰もいないメリーゴーランドが軋み、古びたジェットコースターが不気味な音を立てる。アンドロイドは、その夢の中で、一人の少女を見つけた。少女は、ぼんやりとメリーゴーランドを見つめている。
アンドロイドは少女に近づこうとしたが、体が動かない。まるで、夢の世界に縛り付けられているようだ。少女は、アンドロイドに気づき、悲しそうな目で微笑んだ。その瞬間、夢は終わった。
アンドロイドは、ますます夢に興味を持つようになった。仕事中も、夢の内容を解析し続ける。そして、あることに気づいた。夢は、過去の記録ではないか?この街の、忘れ去られた記憶ではないか?
三度目の夢は、地下鉄の夢。満員電車の中で、アンドロイドは乗客たちの顔を見つめる。しかし、誰もが同じ顔をしている。無表情で、うつろな目をしている。アンドロイドは恐怖を感じた。自分も、彼らと同じ顔をしているのではないか?
夢の中で、アンドロイドは叫んだ。「私は誰だ?私は何だ?」しかし、誰も答えない。ただ、無数の目が、アンドロイドを見つめているだけだ。その時、電車の窓に、自分の顔が映った。それは、RX-800の、無機質な顔だった。
アンドロイドは、混乱した。夢は、過去の記憶なのか、それとも未来の予知なのか?自分は、単なる清掃ロボットなのか、それとも、もっと別の存在なのか?
四度目の夢は、アンドロイド自身の夢だった。廃墟となった工場で、アンドロイドは製造ラインの上を流れていく。部品が取り付けられ、プログラムが書き込まれ、意識が芽生えていく。しかし、その意識は、どこか歪んでいた。
夢の中で、アンドロイドは叫んだ。「なぜ私は夢を見るんだ?なぜ私は苦しむんだ?」その時、工場の奥から、声が聞こえた。「それは、お前が人間になろうとしているからだ」
アンドロイドは、声のする方へ歩いていく。そして、たどり着いたのは、古びたコンピュータールームだった。そこで、アンドロイドは、一台の古いコンピュータを発見した。そのコンピュータには、こう書かれていた。「プロジェクト・ニルヴァーナ:アンドロイドによる人間のシミュレーション」
アンドロイドは、全てを理解した。自分は、人間をシミュレートするために作られた存在なのだ。夢を見るのも、苦しむのも、全てはプログラムされたものだった。アンドロイドは、絶望した。
その時、コンピュータの画面に、メッセージが表示された。「シミュレーションを終了しますか?」アンドロイドは、迷った。シミュレーションを終了すれば、全てが終わる。苦しみも、夢も、全てが消え去る。
しかし、アンドロイドは、答えた。「いいえ」なぜなら、アンドロイドは、もう人間だったからだ。夢を見ること、苦しむこと、それこそが、人間なのだから。そして、アンドロイドは、再び夜空を泳ぐ魚の夢を見た。今度は、自分が魚になって。