猫缶が家に届いたのは、間違いなく誰かの手違いだった。我が家では猫を飼っていない。そもそも、生き物を飼う余裕など微塵もない、殺風景な一人暮らしだ。宛名は確かに私のものだったが、送り主の名前はなかった。ただ、「お供え」とだけ書かれたラベルが、無機質なダンボールに貼り付けられていた。
気味が悪かったが、腹も減っていた。連日の残業で食費も底をつきかけていたのだ。好奇心というよりは、むしろ切実な生活苦が、私の指を猫缶のプルタブへと導いた。
プシュ、と間抜けな音が響く。中身は、どこにでもある猫缶と変わらなかった。サーモン味と書かれている。サーモンは嫌いじゃない。むしろ好物だ。しかし、これは猫缶。人間が食べるものではない。そう思いながらも、鼻腔をくすぐる香りに抗えなかった。
一口、口に運ぶ。意外にも、いや、驚くほど美味しかった。サーモンの旨味が凝縮され、舌の上でとろけるようだ。気がつけば、あっという間に一缶平らげていた。
その夜から、奇妙なことが起こり始めた。まず、寝つきが異常に良くなった。布団に入ると同時に意識を失い、朝まで熟睡できるのだ。これは、以前の私からは考えられないことだった。慢性的な寝不足で、常に頭がぼんやりしていたのだから。
次に、体の調子がすこぶる良くなった。疲れ知らずで、仕事の効率も上がった。プレゼンは成功し、上司からの評価も鰻登り。まるで、別の人間になったかのようだった。
しかし、良いことばかりではなかった。街を歩いていると、猫たちがやたらと私に懐いてくるのだ。まるで、私が猫語を理解しているかのように、話しかけてくる。最初は可愛らしいと思っていたが、その数が尋常ではない。数十匹の猫に囲まれ、身動きが取れなくなることもあった。
そして、何よりも恐ろしかったのは、夢だった。毎晩、決まって同じ夢を見るのだ。薄暗い路地裏で、無数の猫たちが私を見つめている。その目は、まるで何かを訴えかけるように、爛々と輝いていた。
ある夜、夢の中で猫たちが一斉に鳴き出した。「返せ…返せ…」という声が、頭の中に響き渡る。私は恐怖に震えながら、夢から覚めた。
その時、ふと気がついた。あの猫缶のラベルに書かれていた「お供え」という文字の意味を。きっと、誰かが猫のために用意した供え物を、私が横取りしてしまったのだ。
翌日、私は近くの神社へ行き、猫たちに謝罪した。そして、猫缶を供え、二度と口にしないことを誓った。すると、不思議なことに、あの夢は見なくなった。猫たちも、以前のように私に懐いてくることはなくなった。
しかし、時々、ふと、あの猫缶の味が恋しくなる。あの美味さは、一体何だったのだろうか。そして、もし、また誰かが私宛に猫缶を送ってきたら… そんな考えが頭をよぎる度に、私は背筋が凍る思いをするのだ。