閉店間際のコンビニエンスストア。アルバイトの青年は、あくびを噛み殺しながらレジ打ちをしていた。客はまばら。雑誌を立ち読みするサラリーマン風の男、カップラーメンを吟味する学生、そして、異様に落ち着きのない老婆。いつもの風景だ。
日付が変わる少し前、店内に妙な静寂が訪れた。蛍光灯がチカチカと点滅し、レジの液晶画面が砂嵐になる。青年は、「またか」と心の中で呟いた。この店では、時々こういう現象が起こるのだ。古い建物だから仕方ない、と彼は思っていた。
しかし、今回は違った。砂嵐が晴れると、画面には見たことのない文字が並んでいた。いや、文字ではない。記号のような、模様のような、異質なものが蠢いているのだ。そして、背後からドスン、と鈍い音がした。振り返ると、自動ドアが閉まり、外の景色が見えなくなっていた。
代わりに広がっていたのは、赤黒い大地と、奇妙な形の植物が生い茂る、異様な光景だった。
店内は騒然となった。サラリーマン風の男は「これは夢だ」と呟き、学生はパニックになり、老婆はニヤニヤと笑っていた。青年は状況を把握しようと努めたが、頭が真っ白になるばかりだった。
「一体、何が起こったんだ?」
彼は店長に電話をかけようとしたが、携帯電話は圏外だった。レジも動かない。完全に外界から隔絶されてしまったのだ。
すると、老婆が口を開いた。「ここは、異世界じゃよ」
一同は老婆を見た。彼女は杖をつき、顔には深い皺が刻まれていたが、その目は爛々と輝いていた。
「わしは、ずっと待っておった。コンビニが、異世界に転移する日を」
老婆は、興奮した様子で語り始めた。彼女は、異世界転移の研究者だったらしい。長年、コンビニエンスストアという閉鎖された空間が、異世界との接点になる可能性を研究していたのだという。
「コンビニエンスストアは、奇妙な場所じゃ。ありふれた日常品が並んでいるのに、どこか非日常的な雰囲気がある。特に、深夜のコンビニは、異世界の入り口になりやすいのじゃ」
青年は半信半疑だったが、目の前の光景は紛れもない現実だった。コンビニは、確かに異世界に転移してしまったのだ。
老婆は、店内の商品棚を指差した。「さあ、戦いの準備じゃ。異世界の住人たちは、このコンビニの商品を欲しがるはずじゃ」
一同は戸惑いながらも、老婆の指示に従い始めた。カップラーメンは武器になり、雑誌は盾になり、おにぎりは食料になる。
やがて、異世界の住人たちが姿を現した。彼らは、奇妙な姿をしていた。全身が鱗に覆われたもの、巨大な眼球を持つもの、そして、手足が触手になっているもの。彼らは、コンビニの前に群がり、商品を求めて奇声を上げた。
青年は、勇気を振り絞ってレジ袋を手に取り、叫んだ。「いらっしゃいませ!」
異世界の住人たちは、一斉に店内に押し寄せた。店内は、たちまち混沌とした戦場と化した。カップラーメンが飛び交い、雑誌が叩きつけられ、おにぎりが奪い合われる。
青年は、必死にレジ袋を振り回し、異世界の住人たちを追い払った。彼は、まるでヒーローになったかのような気分だった。
激しい戦いの末、異世界の住人たちは退散した。店内は、商品は散乱し、棚は倒れ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
青年は、疲れ果ててレジの前に座り込んだ。すると、老婆が近づいてきて、ニヤリと笑った。
「どうじゃった?異世界でのコンビニ経営は?」
青年は、苦笑いを浮かべた。「もう二度とごめんです」
その時、再び蛍光灯がチカチカと点滅し始めた。レジの液晶画面が砂嵐になる。そして、砂嵐が晴れると、いつものコンビニに戻っていた。
青年は、夢だったのかと思った。しかし、彼の手に握られたレジ袋の中には、異世界の鱗が数枚入っていた。
次の日、青年はコンビニを辞めた。彼は、別の場所で、静かに暮らしたいと思ったのだ。