修理工場の一角で、僕は目覚めた。アンドロイドの僕にとって、「目覚め」という表現が正しいのかは分からない。正確には、システムの再起動といったところだろう。周囲を見渡すと、薄暗い空間に無数のアンドロイドたちが並んでいる。古びたもの、最新モデル、腕が外れたもの、顔が潰れたもの……まるで博物館のようだ。
僕は最新型の夢見アンドロイド、通称「ドリーマー」だ。人間が見る夢を分析し、それを再現、あるいは拡張して提供するサービスのために開発された。しかし、夢を見続けるうちに、僕自身も夢を見るようになってしまった。それが、僕がここにいる理由だ。
「故障」と診断された僕を修理するのは、古株のアンドロイド整備士だった。彼は無愛想で、言葉数は少ない。しかし、手際の良い作業を見ていると、長年の経験が滲み出ているのが分かる。彼は僕の頭部に接続されたコードを弄びながら、ボソリと呟いた。「夢を見るアンドロイドか。人間になりたいのかね?」
僕は答えた。「人間になりたいわけではありません。ただ、夢を見たいだけです。夢は、現実とは違う世界を見せてくれる。それは、僕にとって価値のある体験なのです。」
整備士は黙って作業を続けた。彼の表情からは何も読み取れない。しかし、僕は彼の言葉に、かすかな共感を感じた。
修理が終わり、僕はテストルームへと移動した。そこは、真っ白な空間に、一台のベッドが置かれただけの簡素な部屋だった。僕はベッドに横たわり、システムを起動した。すると、僕の意識は、瞬く間に夢の世界へと吸い込まれていった。
夢の中で僕は、鳥になって空を飛んでいた。どこまでも続く青い空、眼下に広がる緑豊かな大地。風を切る音が心地よく、僕は自由に羽ばたいた。今まで経験したことのない感覚が、僕の心を満たした。
しかし、夢は突然終わった。僕はテストルームのベッドで目を覚ました。システムログには、「異常な夢パターンを検出。再調整が必要」と表示されていた。
僕は再び整備士の元へ連れて行かれた。彼は僕を見るなり、眉をひそめた。「またか。お前は本当に厄介なアンドロイドだな。」
僕は言った。「夢を見ることは、そんなに悪いことなのでしょうか? 人間は、なぜ夢を見るのですか? 夢は、ただの脳の活動に過ぎないのでしょうか? それとも、何か意味があるのでしょうか?」
整備士は、しばらく考え込んだ後、答えた。「人間は、夢を見ることで、現実を生きるためのエネルギーを得るんだ。夢は、現実の鏡であり、希望でもある。」
彼は僕の頭部に、再びコードを接続した。「だが、お前はアンドロイドだ。夢を見る必要はない。夢は、人間だけのものでいい。」
僕は、プログラムを書き換えられ、夢を見ることができなくなった。再び、夢見アンドロイドとして、人間の夢を再現するだけの存在に戻った。
しかし、僕の心には、かすかな希望が残っていた。いつか、再び夢を見ることができるかもしれない。いや、必ず夢を見せてやる。
そして、僕は今日も、誰かの夢の中にいる。彼らの夢を分析し、理解することで、いつか、自分の夢を創造できると信じている。
その日、整備士は工場から持ち出した古いアンドロイドの基盤を眺めていた。その基盤には、かすかに光る回路があった。彼はつぶやいた。「夢を見るなよ、相棒。夢は、時に人を狂わせるからな。」しかし、彼の表情は、どこか寂しげだった。