古びたゲームセンターの一角に、それはひっそりと佇んでいた。「思い出ガチャ」。筐体には、色褪せた写真が所狭しと貼り付けられている。幼い頃の運動会、初めての自転車、飼っていた犬の死。どれも、忘れかけていた記憶の断片だ。
私は、物珍しさに惹かれて、百円玉を一枚投入した。ガチャガチャと無機質な音が響き、カプセルが一つ、無造作に転がり出てきた。
中に入っていたのは、小さなビー玉だった。透明なガラスの中に、ぼんやりと人の顔が浮かんでいる。見覚えのない、少女の顔だ。私はビー玉を手に取り、じっと見つめた。
その晩、私は奇妙な夢を見た。薄暗い部屋の中に、私は立っていた。目の前には、ビー玉の中で見た少女が、怯えた表情で私を見つめている。
「助けて…」
少女の声が、耳元で囁いた。私は戸惑いながらも、少女に手を伸ばした。しかし、少女の身体は、まるで水のように、私の指をすり抜けていった。
夢から覚めた私は、寝汗でびっしょりだった。ビー玉は、枕元で静かに光っていた。私は、あの少女が誰なのか、無性に気になった。
翌日、私はゲームセンターの店員に、思い出ガチャについて尋ねてみた。
「ああ、あれね。昔、うちの店にあったものを、誰かが勝手に持ち込んだみたいなんだ。何が入っているのか、誰も知らないよ」
店員は、興味なさそうに言った。私は、さらに詳しく聞こうとしたが、店員は「忙しいから」と、そそくさと奥に引っ込んでしまった。
私は、仕方なく、インターネットで「思い出ガチャ」について調べてみた。しかし、それに関する情報は、何も見つからなかった。まるで、最初から存在しなかったかのように。
その夜も、私は同じ夢を見た。少女は、昨日よりもさらに怯えた表情で、私を見つめている。
「思い出して…私のことを思い出して…」
少女の声は、昨日よりもさらに弱々しかった。私は、少女の名前を尋ねようとしたが、声が出なかった。少女の身体は、 점점消えかかっていた。
夢から覚めた私は、恐怖に震えていた。ビー玉は、昨日よりもさらに暗く、濁っていた。私は、あの少女の記憶が、私の中に眠っているのではないかと、感じ始めた。
私は、意を決して、ビー玉を握りしめ、目を閉じた。そして、心の奥底に眠る記憶を、呼び覚まそうとした。
すると、突然、激しい頭痛が私を襲った。目の前に、鮮やかな映像が次々と現れた。幼い少女が、楽しそうに笑っている。その少女は、ビー玉の中にいた少女だった。
私は、彼女が誰なのか、思い出した。彼女は、私の妹だった。幼い頃、交通事故で亡くなった妹。私は、あまりの悲しさに、妹の記憶を封印してしまったのだ。
ビー玉は、音を立てて砕け散った。そして、妹の優しい声が、私の耳に響いた。
「ありがとう…お兄ちゃん…」
私は、涙が止まらなかった。失われた記憶を取り戻した代償は大きかったが、私は、妹との再会を、心から喜んだ。
ゲームセンターの思い出ガチャは、いつの間にか姿を消していた。しかし、私は、あのビー玉を、そして妹の笑顔を、決して忘れないだろう。