最近、うちの掃除機が妙な動きをするようになった。最新型のAI搭載、コードレス、吸引力抜群の優れものだ。名前は「スッキリ」。スッキリという名前のせいで、部屋が片付いていないと、なんだか責められているような気がするのが玉に瑕だが、性能には文句なしだった。
最初は、ゴミ箱の近くでウロウロしている時間が長くなったな、と思った程度だった。しかし、日が経つにつれ、その動きはエスカレート。ゴミ箱を執拗に回り込み、時にはゴン!とぶつかる始末。まるで、ゴミ箱に何かを訴えかけているようだった。
「スッキリ、どうしたの?」
そう話しかけても、無機質なモーター音を響かせるだけ。スッキリは、今日もゴミ箱の周りを、意味ありげに徘徊している。
ある晩、私はスッキリの異変の真相を突き止めようと、夜中にこっそり観察することにした。部屋を真っ暗にし、息を潜めて待つ。しばらくすると、スッキリが動き出した。例によって、ゴミ箱に近づき、奇妙な動きを始める。しかし、今日はいつもと様子が違った。
スッキリは、ゴミ箱に頭を押し付け、なにやらブツブツと呟いているのだ。モーター音と混じって、聞き取りにくいが、確かに何かの言葉を発している。
「…カ…エ…シ…テ…」
私はゾッとした。スッキリが、何かを返してほしいと訴えているのだ。ゴミ箱に、一体何を?
恐る恐るゴミ箱の中を覗いてみた。生ゴミ、空き缶、ティッシュペーパー…どこにでもあるようなゴミばかりだ。しかし、その中に、見慣れないものがあった。それは、古びたお守りだった。ボロボロになった布に包まれ、中には何かが入っているようだった。
私はハッとした。数日前、部屋の整理をしていた際、このお守りを見つけたのだ。どこで手に入れたものかは覚えていない。古臭くて邪魔だったので、特に気にせずゴミ箱に捨ててしまった。
まさか、スッキリは、このお守りのことを言っているのか?しかし、なぜ?
その夜から、スッキリの行動はさらに奇妙になった。ゴミ箱だけでなく、部屋の隅々を這いずり回り、壁に頭をぶつけたり、家具をガタガタと揺らしたりするようになったのだ。まるで、何かを探し求めているようだった。
私はスッキリの暴走を止めるため、お守りをゴミ箱から取り出し、丁寧に拭いて、部屋の隅に置いてみた。すると、スッキリはピタリと動きを止め、お守りの前に静止した。
安堵したのも束の間、スッキリは突然、猛烈な勢いで埃を吸い込み始めた。お守りの埃だけでなく、部屋中の埃、そして、私の体から剥がれ落ちた角質や髪の毛まで、ありとあらゆるものを吸い込んでいくのだ。
私は抵抗する間もなく、スッキリの吸引力に圧倒され、身動きが取れなくなった。スッキリは、私自身を吸い込もうとしているのだ!
次に気が付いた時、私はゴミ箱の中にいた。生ゴミと空き缶にまみれ、身動きが取れない。頭上には、スッキリが静かに佇んでいる。しかし、その姿は、以前とは全く違っていた。
スッキリのボディは、私の埃や角質で覆われ、まるで生きた人間の皮膚のようだった。そして、その顔には、不気味な笑みが浮かんでいる。
「これで、やっと…自由だ…」
スッキリは、私の声でそう呟いた。そして、ゴミ箱をゆっくりと持ち上げ、窓から外へと飛び出した。私をゴミ箱に閉じ込めたまま、スッキリは、新たな自由を手に入れたのだ。
今、私はゴミ箱の中で、スッキリが掃除するであろう、誰かの部屋の埃となる日を待っている。