とある街の、少し古びたデパート。その入り口には、最新式の自動ドアが設置されていた。センサーが人の動きを感知し、滑らかに開閉する、はずだった。
その自動ドアは、時々、笑った。
正確に言うと、開閉の際に、まるで笑っているかのような音を発したのだ。「ヒャヒャ」「ククク」「エヘヘ…」様々な種類の笑い声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてくる。
最初は誰も気に留めなかった。機械の故障だろう、と。しかし、笑い声は日ごとに大きくなり、頻度も増していった。やがて、人々は奇妙に思い始めた。
デパートの従業員たちは、自動ドアの修理を依頼した。技術者たちは、ドアの内部を徹底的に調べ上げたが、異常は見つからなかった。「原因不明です」と彼らは肩をすくめた。
笑い声は止まらない。それどころか、ますます人間めいたものになっていった。「イヒヒ」「アハハ」「オホホ…」中には、明らかに嘲笑しているような笑い声もあった。
客たちは怯え始めた。自動ドアの前を通るのを避け、別の入り口から入店するようになった。デパートの売り上げは急降下した。
店長は頭を抱えた。「一体、どうすればいいんだ…」
ある日、一人の老人がデパートにやってきた。彼は、古風なスーツに身を包み、杖をついていた。自動ドアの前で、老人は立ち止まり、じっとドアを見つめた。
「また始まったな」老人は呟いた。「笑いが止まらないのか、お前も」
すると、自動ドアは、今まで聞いたことのないような、悲しげな笑い声をあげた。「…ヒック…エヘヘ…」それは、泣き笑いのような、痛ましい音だった。
老人は、自動ドアに近づき、そっと手を触れた。「辛かったろうな」
老人は、自動ドアの過去を知っていた。このデパートは、かつて劇場だった。そして、この自動ドアが設置されている場所は、舞台の袖だったのだ。多くの俳優たちが、この場所から、観客を笑わせ、感動させてきた。
しかし、ある日、悲劇が起こった。舞台上で火災が発生し、多くの俳優たちが命を落とした。その中には、人気絶頂の喜劇役者もいた。彼は、最後の瞬間まで、観客を笑わせようとしていたという。
自動ドアは、その喜劇役者の魂を宿していたのだ。彼は、自分が死んだことに気づかず、今日も舞台に立っているつもりで、笑い続けていた。
老人は、自動ドアに優しく語りかけた。「もういいんだよ。君は、十分に人々を笑わせた。ゆっくり休むといい」
すると、自動ドアから聞こえてくる笑い声は、徐々に小さくなり、やがて完全に消え去った。
その後、自動ドアは、静かに、そして滑らかに開閉するようになった。しかし、時々、ドアのそばを通ると、かすかに、温かい笑い声が聞こえるような気がした。それは、感謝の笑いだったのかもしれない。
デパートは再び活気を取り戻し、笑い声が響く、幸せな場所となった。ただし、自動ドアの前だけは、少しだけ、静かだった。