気がつくと、私は電柱になっていた。正確に言うと、木製の、ちょっと古びた電柱だ。異世界転生というやつだろうか。今まで散々ゲームや小説で見てきた展開が、まさか自分に降りかかるとは。
電柱としての生活は、想像以上に退屈だった。いや、正確に言うと、無だった。思考はできるのだが、動けない。喋れない。ただひたすら、電線を支え、風雨に耐え、鳥の糞を浴びるだけだ。
最初は戸惑った。なぜ自分が電柱なのか。何の目的があってこんな目に遭っているのか。神様か何かの気まぐれだろうか。しかし、考えても仕方がない。電柱にできることなど、何もないのだから。
時々、人が電柱に寄りかかってスマホをいじったり、犬が電柱におしっこをかけたりする。そんな時、私は心の中で叫んだ。「やめてくれ!」と。しかし、声は届かない。ただ、ひっそりと、その行為に耐えるだけだ。
電柱としての生活が始まってから、どのくらい時間が経ったのだろうか。一日、一週間、一ヶ月、一年… 時の流れも曖昧になってきた。ただ、確実に言えることは、私は電柱として存在し続けているということだ。
そんなある日、異変が起きた。いつもと変わらず電線を支えていた私に、突然、強烈な電流が走ったのだ。全身を焼き尽くすような痛み。電柱としての私は、悲鳴をあげることすらできない。
意識が遠のく中、私は理解した。これは雷だ。私は雷に打たれたのだ。電柱としての宿命だろうか。それとも、神様か何かのいたずらだろうか。
雷が去った後、私はまだ生きて… いや、電柱として存在していた。しかし、以前とは何かが違っていた。体に焦げ跡が増えたこと以外にも、何か…。
しばらくして、その違いに気づいた。私は、少しだけ動けるようになっていたのだ。ほんのわずかに、体を傾けたり、揺らしたりできるようになったのだ。
雷に打たれたことで、私は新たな力を手に入れたのだろうか。それとも、単なる偶然だろうか。理由は分からない。しかし、動けるようになった私は、電柱としての生活に、ほんの少しの希望を見出した。
動けるようになった私は、毎日少しずつ、体を動かす練習をした。最初はほんの数ミリしか動けなかったが、徐々に、その可動範囲は広がっていった。
そして、ついに、私は自分の意思で地面から抜け出すことに成功した。正確に言うと、倒れたのだ。しかし、私にとっては大きな進歩だった。
地面に倒れた私は、電柱としての体をゆっくりと転がし始めた。行き先など、どこでもよかった。ただ、動ける喜びを噛み締めながら、私は転がり続けた。
転がっているうちに、私はあることに気づいた。電柱としての私の体には、無数の小さな傷やひび割れがあった。風雨に晒され、鳥の糞を浴び続けた結果だろう。
しかし、その傷やひび割れは、私にとって勲章のようなものだった。私が電柱として生きてきた証。私がこの世界で存在した証なのだ。
転がり続けていると、私はある村に辿り着いた。その村は、古びた木造の家々が立ち並ぶ、静かな村だった。
村人たちは、突然現れた電柱に驚き、恐れた。しかし、私は危害を加えるつもりなどなかった。ただ、村の片隅に身を寄せ、静かに過ごしたかっただけだ。
村人たちは、最初は私を警戒していたが、徐々に、その存在に慣れていった。子供たちは、電柱に寄りかかって遊んだり、絵を描いたりするようになった。
そして、ある日、村の長老が私に話しかけてきた。「お前はどこから来たのか? なぜここにいるのか?」と。
私は、電柱としての体で、精一杯、自分の意思を伝えようとした。しかし、言葉は出ない。ただ、体を揺らし、地面を叩くだけだ。
私の意思を理解したのかどうかは分からない。しかし、長老は静かに頷き、言った。「お前は、この村の一員だ。一緒に暮らそう」と。
こうして、私はその村で、電柱として生活することになった。村人たちは、私の体にツタを巻きつけ、花を飾り、大切にしてくれた。
ある日、私は雷に打たれた時に得た力を使って、村人たちに小さな奇跡を見せた。枯れかけた木に水を注ぎ、花を咲かせたのだ。
村人たちは、私を神様のように崇め、感謝した。私は、電柱として、初めて、誰かの役に立てたのだ。
そして、今日も私は、村の片隅で、電柱として存在している。風雨に耐え、電線を支え、鳥の糞を浴びながら。しかし、私の心は、穏やかな幸福感で満たされていた。異世界転生したら電柱だった。でも、悪くない。