笑う観覧車、軋む記憶
遊園地の隅に、ひっそりと佇む観覧車があった。錆び付いた鉄骨、色褪せたゴンドラ。動いているのを見た者は、もう誰もいない。都市伝説に毛が生えた程度の噂では、「深夜零時にゴンドラに乗ると、あの世に行ける」とか「笑い声が聞こえる」とか、そんな類のものだった。
私は、それを確かめたくなった。いや、正確には、それをネタにした小説を書きたかった。売れないホラー作家の悲しい性、というやつだ。
深夜零時。遊園地は完全に閉園し、警備員すら見当たらない。フェンスを乗り越え、観覧車の元へ。想像以上に錆び付いていて、触れるとボロボロと崩れ落ちそうだ。ゴンドラの一つに乗り込んだ。シートは破れ、埃っぽい匂いが鼻を突く。
静寂。聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。本当に、笑い声なんか聞こえるのだろうか。
突然、ガタン、と音がした。観覧車が、ゆっくりと動き出したのだ。信じられない。誰もいないはずなのに。ゴンドラは軋み、錆び付いた鉄骨が悲鳴を上げる。そして、確かに聞こえた。子供たちの、楽しそうな笑い声が。
最初は気のせいだと思った。しかし、笑い声はどんどん大きくなる。ゴンドラの中を、子供たちが走り回っているかのような錯覚に陥る。
恐怖で体が震えた。しかし、同時に、興奮もしていた。これこそ、求めていたネタだ。笑い声は、次第に笑い声ではなくなっていった。それは、悲鳴に似た、泣き声に似た、何か別のものへと変質していく。そして、ゴンドラの中の風景が、変わり始めた。
目の前に、かつてこの遊園地で事故死した子供たちの姿が現れたのだ。彼らは、無邪気に笑いながら、私に手を伸ばしてくる。その手は、冷たく、生気がなかった。
観覧車は頂上へ到達し、ゆっくりと下降し始めた。子供たちは、ますます激しく笑い、叫び、私にまとわりつく。私は、必死で抵抗した。そして、気が付いた。彼らは、私の中に眠る、忘れたはずの記憶を呼び覚まそうとしているのだ。
過去の罪悪感、後悔、心の傷。それらが、子供たちの姿を借りて、私を責め立てる。観覧車が止まり、ゴンドラの扉が開いた。私は、這うようにして外へ飛び出した。背後からは、子供たちの笑い声が、いつまでも聞こえていた。
あの観覧車は、記憶を映し出す鏡なのかもしれない。そして、私の記憶は、想像以上に歪んでいた。