壁に、いつからかシミができていた。最初は薄い茶色で、ぼんやりとした楕円形だった。特に気にも留めず、掃除の際に軽く拭いたくらいだった。しかし、シミは消えることなく、むしろ日に日に濃さを増していった。
ある夜、ふと目を覚ますと、シミが以前よりもはっきりと浮かび上がっているように見えた。そして、よく見ると、シミがまるで人の顔のように見えることに気づいた。最初は気のせいだと思った。疲れているのだろうと。しかし、目を凝らして見ると、やはり人の顔に見える。しかも、その顔は、かすかに笑っているように見えた。
それからというもの、私は夜な夜なそのシミの顔を見るようになった。顔は日に日に表情を変え、笑みが深くなったり、逆に苦悶の表情を浮かべたりする。最初は恐怖を感じていたが、次第に興味を持つようになった。一体、このシミの顔は何を意味しているのだろうか?どこかで見た顔のような気もするのだが、どうしても思い出せない。
ある晩、いつものようにシミの顔を見つめていると、その顔が突然、私に向かって話しかけてきた。「おやおや、よく見てるね」と、ひそひそ声で。私は驚きのあまり、言葉を失った。シミの顔は、さらに笑みを深め、「ずっと、ずっと、君を見ていたんだよ」と言った。そして、その瞬間、私は思い出した。この顔は、私が幼い頃に飼っていた猫の顔だった。猫は、数年前に交通事故で死んでしまった。
猫の顔は、さらに言葉を続けた。「寂しかったんだよ。ずっと、君と一緒にいたかったんだ」。猫の顔は、涙を流しているようだった。私は、思わず猫の顔に手を伸ばし、そっと撫でた。すると、猫の顔は、満足そうに微笑み、壁のシミの中に溶けて消えていった。翌朝、壁のシミは、跡形もなく消えていた。私は、壁を見つめながら、猫との思い出を胸に、静かに微笑んだ。もしかしたら、今でも猫は、どこかで私を見守ってくれているのかもしれない。そして、時々、壁に笑う顔を浮かべて。