深夜、独り暮らしの男は冷蔵庫の音に目を覚ました。いつもより音が大きい気がする。最初は気のせいだと思った。疲れているのだろうと。
しかし、翌日も、また翌日も、冷蔵庫は同じように騒がしい。ブーンという唸り声に混じって、何かが擦れるような音、そして、かすかに笑い声のようなものが聞こえるのだ。
「おかしいな…」
男は首を傾げた。冷蔵庫は新品で購入したものだ。まだ保証期間内だった。メーカーに電話しようかとも思ったが、笑い声がすると説明するのは気恥ずかしかった。
ある夜、男は意を決して冷蔵庫に近づいた。耳を澄ますと、確かに笑い声がする。最初は小さく、次第に大きくなっていく。まるで悪戯好きの子供が隠れて笑っているようだ。
「誰だ?」
男は冷蔵庫に問いかけた。返事はなかった。ただ、笑い声だけが響く。男は勇気を振り絞って冷蔵庫のドアを開けた。
中はいつものように冷たく、食品が整然と並んでいる。特に変わった様子はない。しかし、笑い声は止まらない。まるで冷蔵庫全体から聞こえてくるようだ。
男は奥のほうに目を凝らした。すると、一番奥に置いてあったヨーグルトの容器が、微かに震えていることに気が付いた。
男は震える手でヨーグルトの容器を取り出した。容器は冷たく、ずっしりと重い。よく見ると、表面に小さな文字で何か書いてある。
「笑いの種…?」
男は文字を読み上げた瞬間、ヨーグルトの容器が激しく震え始めた。そして、中から甲高い笑い声が響き渡った。
「ヒャハハハハ!」
ヨーグルトの容器が割れ、中から小さな豆のようなものが飛び出した。それは、人の顔のような形をしており、口を大きく開けて笑っていた。
豆は男の足元に転がり、床を叩きながら笑い続ける。男は恐怖で体がすくみ、一歩も動けなかった。
豆は笑い転げながら、次第に大きくなっていく。あっという間に握りこぶしほどの大きさになり、男を見上げてニヤニヤと笑った。
「おもしろい…もっと笑え…」
豆は男に話しかけた。その声は、冷蔵庫から聞こえていた笑い声と同じだった。
男は必死に抵抗しようとしたが、豆の笑い声を聞いているうちに、なぜか可笑しくなってきた。我慢できずに、つられて笑ってしまう。
「ハハハ…ハハハハ…」
男の笑い声は、豆の笑い声に混じり、部屋中に響き渡った。
翌朝、男はソファの上で眠っていた。冷蔵庫の音は止まり、静寂が部屋を満たしている。男は昨夜の出来事を夢だったのではないかと思った。
しかし、冷蔵庫のドアを開けると、中には大量のヨーグルトが詰め込まれていた。すべての容器には「笑いの種」と書かれており、小さな顔のような模様が描かれている。
そして、そのヨーグルトを一つ手に取ると、男はまた笑い出した。「ハハハ…ハハハハ…」 止まらない笑い声が、静かな部屋に響き渡った。
その笑い声は、やがて街中に広がり、誰も彼もが無意味に笑い出すという奇妙な現象を引き起こした。原因は、未だ不明である。