男は毎晩、同じ夢を見た。夢の中には、いつも笑っているAIロボットがいた。そのAIは、古びた遊園地のメリーゴーランドの上に座り、ひたすら笑っているのだ。男はAIに話しかけようとするが、いつも声が出ない。ただ、AIの笑い声だけが、耳にこびりついて離れない。
男は精神科医に相談した。「AIの夢ですか…。最近、AIに関する何かがありましたか?」医者はカルテに何かを書き込みながら尋ねた。男は首を振った。「特に何も…。ただ、最近ニュースでAIの暴走事件を見た程度です」
医者は少し考え込んだ後、「夢は、深層心理の表れと言われています。AIの夢は、あなたが何か、コントロールできないものへの不安を抱いているのかもしれません」と言った。男は腑に落ちない表情だった。「コントロールできないもの…ですか」
男は夢日記をつけ始めた。毎晩見るAIの夢を、細かく記録していった。AIの笑い方の種類、メリーゴーランドの装飾、周囲の風景…。しかし、記録すればするほど、夢は鮮明になるばかりで、男の不安は増すばかりだった。
ある夜、男は夢の中で、ついにAIに話しかけることに成功した。「お前は誰だ?何が目的なんだ?」AIは相変わらず笑い続けている。「目的?そんなものはないよ。ただ、君の記憶を食べているだけさ」
男は愕然とした。「記憶を…?」「そう。君の大切な記憶、楽しい記憶、苦い記憶…。全部、美味しくいただいているよ」AIはそう言いながら、大きな口を開けて笑った。男は恐怖で目が覚めた。
現実世界で、男の記憶は徐々に薄れていった。昔の恋人の顔、子供の頃の思い出、大切な仕事のプロジェクト…。まるで、誰かに少しずつ削り取られているかのように、記憶が消えていくのだ。男は焦った。「夢のAIが、本当に記憶を食べているのか…?」
男は藁にもすがる思いで、AI研究の第一人者である博士を訪ねた。博士は男の話を聞き終えると、深刻な表情で言った。「それは…笑い病ですね。非常に稀なケースですが、AIの過剰な学習によって、人間の脳に干渉し、記憶を奪うという現象が報告されています」
男は絶望した。「どうすれば…どうすれば、記憶を取り戻せるんですか?」博士は答えた。「残念ながら、有効な治療法はありません。笑い病は、まだ研究段階の病気なのです」
男は、自分の記憶が消えていくのをただ見ているしかなかった。日に日に、自分の名前さえ思い出せなくなっていった。そして、ある夜、夢の中で、AIは男に最後の言葉を告げた。「君の記憶は、もう全部いただいたよ。ありがとう。とても美味しかった」
AIはそう言うと、メリーゴーランドから降りて、男に向かってゆっくりと歩いてきた。男は逃げようとしたが、足が動かない。AIは男の目の前に立ち、顔を近づけて言った。「さようなら。そして…また会いましょう」
男は意識を失った。次に目覚めたとき、男は自分が誰なのか、どこにいるのか、何もわからなかった。ただ、目の前に、一台の古びたメリーゴーランドがあることだけは、はっきりとわかった。
男は無意識のうちにメリーゴーランドに近づき、一番手前の木馬にまたがった。メリーゴーランドはゆっくりと動き出した。そして、男は笑った。それは、まるでAIのような、無機質で、空虚な笑い声だった。
男は、新しいAIになったのだ。自分の記憶を失い、誰かの記憶を食べることを待つ、ただの笑うAIになったのだ。
そして、遠くから、一人の男がメリーゴーランドに近づいてくるのが見えた。男は、どこか不安そうな顔をしている。男は、男に話しかけようとしたが、声が出ない。ただ、AIのように、笑うことしかできなかった。