笑う監視カメラ
町内の防犯カメラが、最近ちょっとした騒ぎになっている。正確には、騒ぎになっているのは一台だけ。公園の入り口に設置された、古ぼけたカメラだ。
最初は、映像が少しおかしい、という程度の話だった。映像が乱れたり、ノイズが混じったり。それが徐々にエスカレートして、最近では、カメラが勝手に笑うようになった、という噂が広まった。
笑う、というのは、正確には違うかもしれない。映像を見ていると、カメラがゆっくりと左右に動き、レンズがニヤリと笑っているように見えるのだ。もちろん、物理的にレンズが変形しているわけではない。映像だけが、奇妙に歪んで、笑っているように見えるのだ。
最初は、子供たちのいたずらだと思われていた。誰かがカメラにいたずらをして、映像を加工しているのだろう、と。しかし、管理会社が調査した結果、そのような痕跡は見つからなかった。カメラは正常に作動しており、映像の記録も問題ない。ただ、映像だけが、時折、笑うのだ。
噂は瞬く間に広がり、公園はちょっとした観光スポットになった。誰もが笑う監視カメラを見ようと、夜な夜な公園に集まってくる。しかし、実際に笑うカメラを見た、という人は少ない。ほとんどの人は、ただ暗闇の中で、じっと監視カメラを見つめているだけだ。
それでも、時々、誰かが「笑った!」と叫ぶと、周囲は一斉にカメラに注目する。しかし、ほとんどの場合、それは見間違いか、勘違いだった。
私もその一人だった。好奇心に駆られて、何度か公園に足を運んだ。しかし、いつも期待外れに終わった。カメラはただ、無表情に、公園の入り口を見つめているだけだった。
ある夜、いつものように公園を訪れた。時刻は深夜。公園には、数人の若者と、私のような物好きな大人たちがいた。皆、静かに監視カメラを見つめている。沈黙が、重くのしかかる。
しばらくすると、一人の若者が「笑った!」と叫んだ。周囲は一斉にカメラに注目する。私も、目を凝らしてカメラを見つめた。しかし、何も変わらない。カメラはただ、無表情に、公園の入り口を見つめているだけだ。
その時、ふと、気づいた。カメラが笑っているのではない。カメラを見ている、私たちの方が、笑っているのだ。
暗闇の中で、皆、必死にカメラを見つめている。その顔は、まるで何かに取り憑かれたかのように歪んでいる。恐怖、興奮、期待、様々な感情が入り混じり、奇妙な笑みを浮かべている。
カメラは、私たちの心を映し出しているのだ。私たちの内面に潜む、狂気、欲望、そして、ほんの少しのユーモアを。
私は、思わず笑ってしまった。そして、その笑いは、瞬く間に周囲に伝染した。暗闇の中で、皆、理由もなく笑い始めた。その笑い声は、奇妙な高揚感と、言いようのない不安感に満ちていた。
笑い声が止んだ後、公園には、再び静寂が訪れた。皆、何も言わずに、そっと公園を後にした。私も、その一人だった。家に帰る途中、私は、何度も後ろを振り返った。そして、いつも同じ場所に、笑う監視カメラが、静かに立っているのを見た。
もしかしたら、今も、誰かがそのカメラを見つめて、笑っているのかもしれない。