目覚まし時計がけたたましく鳴った。朝の六時。夢から引きずり出されるように、僕はベッドから跳ね起きた。昨夜見た夢は、いつものように奇妙で、そしてどこか不気味だった。
僕は毎晩、夢日記をつけている。寝る前に枕元にノートとペンを置き、目が覚めたらすぐに夢の内容を書き留めるのだ。もう何年も続けている習慣で、ノートはすでに何冊にもなっている。
今日の夢は、古い洋館にいる夢だった。薄暗い廊下を歩いていると、突然、背後から何かが迫ってくる気配がした。振り返ると、そこには誰もいない。ただ、冷たい風が吹き抜けていった。
洋館の中をさらに進むと、大きな鏡があった。鏡に映った自分の顔は、なぜか知らない顔だった。見覚えのない男が、冷たい目でこちらを見つめている。僕は恐怖を感じ、鏡から目をそらした。
再び顔を上げると、鏡の中の男は消えていた。代わりに、鏡には洋館の奥へと続く道が映し出されていた。僕は導かれるように、その道を進んでいった。
道の突き当たりには、小さな部屋があった。部屋の中には、古びた机と椅子が一つずつ置かれている。机の上には、一冊の夢日記が開かれていた。
夢日記のページをめくると、そこには僕が毎晩見ている夢が、まるで予言のように書き記されていた。洋館のこと、鏡のこと、そして、鏡の中に現れた見知らぬ男のこと。
日記の最後のページには、こう書かれていた。「お前は、もうすぐ夢の中に閉じ込められる。逃れる方法は、ただ一つ。夢日記の最終ページを破り捨てることだ」
僕は日記の最終ページを破り捨てようとした。しかし、手が震えて、なかなかうまくいかない。その時、背後からあの冷たい気配が迫ってきた。
振り返ると、鏡の中にいた男が、すぐそこまで迫っていた。男はニヤリと笑い、僕に手を伸ばしてきた。僕は悲鳴を上げ、必死に逃げようとした。
その時、夢日記が光を放ち、男を押し返した。光はどんどん強くなり、やがて僕の全身を包み込んだ。そして、僕は意識を失った。
目が覚めると、僕は自分のベッドの中にいた。夢だったのだ。しかし、手に握られた夢日記の最終ページだけが、現実のものだった。
僕は夢日記を閉じた。そして、破り捨てられた最終ページを、そっと引き出しの奥にしまった。毎晩見る奇妙な夢は、今も続いている。ただ、もうあの洋館は出てこない。
代わりに、新しい夢を見るようになった。それは、広大な草原を一人で歩いている夢だ。空は青く、風は心地よい。しかし、なぜか僕は、いつも寂しさを感じている。そして、夢から覚めると、いつも夢日記の最終ページが、少しずつ減っている気がするのだ。まるで、誰かが少しずつ、僕の意識を奪っているように。
今日、夢日記を開くと、最終ページはもう残りわずかだった。僕はペンを握り、震える手で最後の夢を書き留めた。「草原の果てに、光り輝く扉があった。扉を開けると、そこには…」そこで、インクが切れた。