男は、最終電車を乗り過ごした。深夜の駅は、蛍光灯の光がやけに冷たく、静寂が耳に痛いほどだった。ため息をつき、ベンチに腰を下ろす。何か温かいものでも飲もうと、構内にある自販機に向かった。
自販機の前で、男は目を疑った。普段はジュースやお茶が並んでいるはずの場所に、見たことのない飲み物がずらりと並んでいたのだ。ラベルには奇妙な文字が書かれており、どれも禍々しい色をしている。「まあ、いいか」と男は思った。疲れていたし、珍しいものに目がくらんだのだろう。
男は一番安そうな、紫色の液体が入った缶を選んだ。ボタンを押すと、ゴトン、と鈍い音を立てて缶が落ちてきた。プルタブを開け、一口飲む。甘く、そして少し酸っぱい、不思議な味が口の中に広がった。男は、「なんだこれ?」と思わず声に出した。その瞬間、視界が歪み、景色が変わった。
気が付くと、男は見知らぬ場所に立っていた。空は紫色に染まり、地面はベタベタとした、紫色の液体で覆われている。遠くには、巨大な紫色の自販機が見えた。人々は皆、紫色の液体を嬉しそうに飲みながら歩いている。男は理解した。ここは、さっき飲んだ飲み物の味が支配する世界なのだと。
男は必死に元の世界に戻ろうとした。駅を探し、電車を待った。しかし、どの電車も紫色の液体を積んでおり、乗客は皆、紫色の液体を飲んでいた。疲れ果てた男は、紫色の液体をもう一度飲んだ。すると、また視界が歪み、元の駅に戻っていた。しかし、男の心には紫色の液体の味が深く刻み込まれていた。彼は、あの消える自販機を、再び探し始めるのだろう。