壁のシミ、気になっていたんだ。最初はただの汚れだと思った。コーヒーをこぼしたとか、そういうたぐいの。でも、日に日に濃くなっていく気がしたんだ。まるで生き物のように、ゆっくりと、しかし確実に成長していく。カビかな、とも思ったけど、カビ特有の臭いはしない。ただ、じっとりと湿った感じがするだけ。
ある夜、寝静まった後、かすかな音が聞こえた。ポタ、ポタ、と水滴が落ちるような音。最初は雨漏りかと思った。でも、外は晴れていた。音の出所を探すと、それは壁のシミからだった。シミが少し膨らみ、そこから透明な液体が滴り落ちていたのだ。気持ち悪い、と思った。
翌日、そのシミを徹底的に調べようと近づいた。すると、シミの中心に、小さな穴が開いていることに気づいた。暗くてよく見えない。懐中電灯で照らしてみると、穴の奥には、細い糸のようなものが蠢いているのが見えた。思わず後ずさりした。何だ、これは。
その日から、シミの成長は加速した。液体はますます滴り落ち、穴も大きくなった。そして、夜になると、穴の中から奇妙な音が聞こえるようになった。うめき声のような、囁き声のような、何とも形容しがたい不気味な音。眠れなくなった。毎日、シミのことが頭から離れない。まるで、何かに見られているような気がした。
ある夜、ついに我慢できなくなった。シミの正体を突き止めようと、穴に耳を近づけた。すると、穴の奥から、ハッキリとした声が聞こえた。「助けて…」それは、消え入りそうな、か細い女性の声だった。ゾッとした。恐怖で全身が震えた。壁のシミは、誰かのSOSだったのだ。一体、誰が、どこから助けを求めているのだろうか。シミは、時空を超えた通信機なのかもしれない。そして、私は、その声に応えなければならない気がした。しかし、どうすればいいのだろうか。シミに話しかける?壁を壊す?わからない。だが、一つだけ確かなことは、このシミは、ただのシミではないということだ。これは、私に与えられた、奇妙で不気味な使命なのだ。