「背後霊、レンタルしませんか?」
駅前の薄汚れたビルの一室。手書きのチラシが貼られたドアを開けると、そこは異様な光景だった。薄暗い部屋には、ずらりと並んだアクリルケース。中には、ぼんやりと光る人影が浮かんでいる。背後霊、それも他人の。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から現れたのは、白衣を着た若い女性。ニヤリと笑う顔が、どうにも胡散臭い。
「背後霊、興味あります?」
私は頷いた。最近、どうもツイていない。仕事はミスばかり、通勤電車は遅延、買ったばかりのスマホは画面がバキバキ。藁にも縋る思いで、この怪しげな店に飛び込んだのだ。
「当店では、様々なタイプの背後霊をご用意しております。強力な守護霊から、悪戯好きのいたずら霊まで。お客様のニーズに合わせて、最適な背後霊をレンタルいたします」
女性はアクリルケースを指差した。それぞれに名前と簡単な説明が書かれたプレートが貼り付けられている。
「こちらは『勝運の武将霊』。ギャンブル運が向上すると評判です。こちらは『恋愛成就の乙女霊』。素敵な出会いを求めている方に人気です。そして、こちらは…」
女性は、一番奥のケースを指差した。そこには、『不運を呼ぶ疫病神』と書かれていた。
「…こちらは、オススメできません」
私は震えた声で聞いた。「本当に、効果があるんですか?」
「もちろんです。ただし、背後霊は生きていた時の性格や性質を受け継ぎます。相性が悪いと、思わぬトラブルに巻き込まれることも…」
悩んだ末、私は『幸運を招く商売繁盛霊』をレンタルすることにした。これで仕事も上手くいくはずだ。レンタル料は一週間五千円。意外と安い。
契約書にサインし、アクリルケースから霊体を取り出してもらう。半透明のそれは、触れるとひんやりとした。女性は言った。「これで、あなたは商売繁盛霊に取り憑かれました。幸運を祈ります」
その日から、私の生活は一変した。企画会議では斬新なアイデアが次々と浮かび、プレゼンは成功続き。上司からの評価も上がり、給料も上がった。まるで夢のようだった。
しかし、好事魔多し。突然、会社の業績が悪化し始めたのだ。大型プロジェクトは頓挫し、顧客からのクレームが殺到。ついには、リストラの噂まで流れ始めた。
何が起こっているのか、全く理解できなかった。商売繁盛霊に取り憑かれているはずなのに、なぜこんなことに? 私は慌てて、あの怪しげなレンタル店へ駆け込んだ。
「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ」
カウンターにいた女性は、ニヤニヤしながら私を見下ろした。
「商売繁盛霊をレンタルしたのに、会社が傾き始めたんです! どういうことですか?」
女性は肩をすくめた。「それは困りましたね。でも、契約書にも書いてあるでしょう? 背後霊は、生きていた時の性格や性質を受け継ぎます。つまり…」
そこで、私は気づいた。商売繁盛霊の説明プレートには、こう書かれていたのだ。『一代で財を成したが、晩年は破産し、失意のうちに病死』と。
「つまり、その霊に取り憑かれると、最初は上手くいくけど、最後は破産するってことですか!?」
「その通りです。人生山あり谷あり、破産もセットの商売繁盛。それが、当店のコンセプトです」
女性は、悪魔のような笑顔でそう言った。私は震え上がった。慌てて商売繁盛霊を返却し、別の背後霊をレンタルすることにした。今度は、慎重に選ばなくては。念のため、契約書も隅々まで読むことにした。
その時、背後から声がした。「次は、不運を呼ぶ疫病神を試してみませんか? 意外と、ハマるかもしれませんよ…」
振り返ると、そこに立っていたのは、アクリルケースの中から私を見つめる、ぼんやりと光る人影だった。