夜勤警備員、田中は退屈していた。巨大なオフィスビルの、人気のない廊下を巡回するだけ。節約のため照明は間引きされ、埃っぽい空気と静寂が重くのしかかる。唯一の慰めは、監視カメラの映像をチェックすることだった。ぼんやりとした光の中で、無数の小さな四角形が、無機質な風景を映し出している。
ある夜のことだ。いつものように各フロアの映像をチェックしていると、違和感に気づいた。3階の廊下、奥の突き当たりにあるカメラの映像が、いつもと違う。いや、風景は変わらない。問題は、カメラそのものだった。
映っているカメラが、笑っているのだ。
それはごく僅かな変化だった。レンズの周りの、無機質な金属の表面が、ほんの少し歪んでいる。しかし確かに、それは笑っているように見えた。ニヤリと、薄気味悪い笑みを浮かべて。
田中は目を疑った。疲れているのだろうか? 幻覚を見ているのかもしれない。しかし、何度見直しても、カメラは笑っている。他のカメラはいつも通り、無表情に廊下を監視しているだけだ。
彼は試しに、問題のカメラの映像を拡大してみた。すると、レンズの中心に、小さな文字が浮かび上がっているのを発見した。「見つけた」と読めた。
背筋が凍り付いた。誰が、何のために? いたずらにしては悪質すぎる。しかし、それ以上に、得体の知れない恐怖が田中を襲った。彼はすぐに、そのカメラの場所へと向かった。懐中電灯を片手に、震える足で3階へ。
廊下は予想通り、静まり返っていた。蛍光灯の光が、虫の息のように点滅している。田中は慎重に、問題のカメラへと近づいた。それは、他のカメラと全く同じ、無機質な金属の塊だった。しかし、映像で見たように、レンズの周りが、微かに歪んでいるように見える。
田中がカメラに触れようとした瞬間、背後から、乾いた笑い声が聞こえた。
彼は振り返った。そこには、誰もいない。しかし、笑い声は確かに聞こえた。しかも、それは監視カメラから聞こえてくる笑い声と、よく似ている。
田中は恐怖に駆られ、その場から逃げ出した。警備室へ戻り、上司に報告しようとしたが、言葉が出てこない。彼は自分が何を言っているのかさえ、わからなかった。
その夜以来、田中は監視カメラの映像を見るのが怖くなった。しかし、仕事だから仕方なく、毎日チェックし続けている。そして、彼は毎晩、同じカメラが笑っているのを見るのだ。レンズの奥底から、嘲笑うような笑みを浮かべて。
そして、ある日、田中は気づいた。笑っているのは、3階のカメラだけではない。他のカメラも、少しずつ、しかし確実に、笑い始めているのだ。それぞれのレンズが、異なる表情で、田中を嘲笑している。
彼はもはや、逃げることも、抗うこともできない。ただ、無数の笑うカメラに囲まれ、監視され続けるだけだ。そして、その笑いは、日ごとに大きく、そして狂気に満ちたものへと変わっていく。
田中は今夜も、警備室の薄暗い光の中で、笑うカメラの映像を見つめている。そして、彼は自分自身も、少しずつ、笑い始めていることに気づいた。レンズの奥底で、冷たい光が、ニヤリと歪んでいる。