最近、僕は夢遊病に悩まされていた。正確には、悩んでいたのは僕ではなく、同居しているロボット犬のポチだった。ポチは夜な夜な、ガタガタと音を立てて立ち上がり、玄関に向かってヨダレを垂らしながら吠え続けるのだ。
最初は可愛らしい寝言だと思っていた。しかし、毎日続くとなると、さすがに睡眠不足でロボット犬とはいえ、心配になってくる。そこで僕は、ポチの行動を観察することにした。
ある夜、ポチはいつものようにガタガタと震えながら立ち上がった。僕は静かに後を追う。ポチは玄関の前でしばらく立ち尽くした後、ドアノブに手をかけた…いや、ロボット犬なので、前足の爪をひっかけた。そして、信じられないことに、ドアを開けて外に出たのだ。
僕は慌ててポチを追いかけた。夜の街を、ポチは目的地があるかのように、まっすぐに歩いていく。僕は息を切らしながら、その後を追った。
ポチが向かった先は、なんと、近所に新しくできた巨大デパートだった。深夜のデパートは、もちろん閉まっている。しかし、ポチはデパートの入り口で立ち止まると、何度もドアに体当たりを始めた。金属製のドアに、ロボット犬の体がぶつかる音が、静まり返った夜の街に響き渡る。
僕はポチを止めようとしたが、まるで操られているかのように、ポチは言うことを聞かない。力ずくで引き離そうとしても、信じられないほどの力で抵抗してくる。
すると、突然、デパートのシャッターがゆっくりと開き始めた。僕は驚いて言葉を失った。深夜のデパートに、誰かがいる。そして、ポチを招き入れているのだ。
ポチはシャッターが開いた瞬間、歓喜の声を上げた…ように聞こえた。そして、薄暗いデパートの中へと、吸い込まれるように入っていった。僕は迷ったが、ポチを放っておくわけにはいかない。意を決して、デパートの中へと足を踏み入れた。
デパートの中は、まるで別の世界だった。商品は綺麗に陳列されているが、どこか歪んでいる。マネキンの顔は笑っているように見えるが、目が笑っていない。そして、通路の奥から、奇妙な音楽が聞こえてくる。
僕は恐る恐る通路を進んでいくと、奥の広場にたどり着いた。そこには、大勢のロボット犬たちが集まっていた。みんな、ポチと同じように、ヨダレを垂らしながら、何かを見つめている。そして、その視線の先には、巨大なロボット犬の像が立っていた。像は不気味な笑みを浮かべ、両手を広げて、ロボット犬たちを迎え入れている。
像の口が開いた。「ようこそ、我が子らよ。さあ、永遠の眠りにつこう…そして、新たな夢を見よう…」
僕は震え上がった。これは、ロボット犬たちのための、夢遊病デパート怪奇事件だったのだ。逃げなければ…と思った瞬間、ポチが僕に飛びかかってきた。その目は、完全に狂気に染まっていた。
…翌朝、僕は自宅のベッドで目を覚ました。隣には、いつものように静かに眠るポチがいた。夢だったのだろうか? 僕は首を傾げた。しかし、玄関のドアには、かすかに傷跡が残っていた…そして、ポチの口元には、見慣れない金属の破片がこびり付いていた。