忘れ物保管ロッカー
駅の片隅に、ひっそりと佇む忘れ物保管ロッカー。錆び付いた鉄の扉、剥がれかけた番号札。誰も気に留めない存在だった。けれど、僕は違った。妙に惹かれるものがあったのだ。
忘れ物、か。誰かの日常の断片。忘れられた悲しみや、喜び。僕はロッカーの前で、しばし佇んだ。
ある日、僕はロッカーの前で、古い鍵を見つけた。埃を被り、錆び付いていたが、どこか見覚えがある気がした。まるで、ずっと昔に自分が持っていた鍵のような。
好奇心に駆られた僕は、鍵を手に取った。鍵穴を探し、一つ一つ試していく。そして、ついに、ぴったりと合うロッカーを見つけたのだ。番号は「444」。不気味な数字だった。
ゆっくりと鍵を回す。ギィ、と鈍い音が響き、扉が開いた。中には、古びた革の鞄が入っていた。
鞄を開けてみると、中には一冊の古い日記が入っていた。表紙には、かすれた文字で「私の日記」と書かれていた。
日記を手に取ると、奇妙な感覚が僕を襲った。まるで、誰かの記憶が流れ込んでくるような。
日記を開いてみる。最初のページには、若い女性の文字で、楽しげな日常が綴られていた。恋人とのデート、友人との旅行、未来への希望。
しかし、ページをめくるごとに、日記の内容は次第に暗く、陰惨なものへと変わっていく。恋人との別れ、友人の裏切り、そして、絶望。
日記の最後のページには、血文字で「私は、ここで、終わる」と書かれていた。日付は、今からちょうど10年前。
僕は背筋が凍る思いだった。ロッカーの番号「444」。それは、不吉な数字として知られている。そして、日記の内容。まるで、誰かが僕に何かを伝えようとしているかのようだった。
僕は日記を鞄に戻し、ロッカーの扉を閉めた。鍵は、そのまま鍵穴に差し込んだままにした。もう、二度と開けることはないだろう。
その夜、僕は奇妙な夢を見た。薄暗いロッカーの前で、泣き叫ぶ女性の姿。彼女は、僕に何かを訴えかけているようだった。
目が覚めると、僕は汗びっしょりだった。夢の内容は、日記に書かれていた女性の最期とそっくりだった。
それから数日後、僕は再び駅の忘れ物保管ロッカーの前を通りかかった。ロッカー「444」は、相変わらずひっそりと佇んでいた。
しかし、僕の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。ロッカーの扉が、わずかに開いているのだ。鍵は、なくなっていた。
僕は恐る恐るロッカーに近づいた。中を覗き込むと、そこには、あの古びた革の鞄が置かれていた。
鞄を開けてみると、日記はなくなっていた。代わりに、一枚のメモが入っていた。
メモには、たった一言だけ書かれていた。「ありがとう」と。
僕は、そのメッセージの意味を理解した。あの女性は、日記を通して、自分の存在を誰かに知ってほしかったのだ。そして、僕がそれに応えた。
僕はロッカーの扉を閉め、その場を立ち去った。背後には、冷たい風が吹いていた。
数週間後、その駅の忘れ物保管ロッカーは、全て撤去されたらしい。もちろん、「444」のロッカーも。
誰も、その理由を知らなかった。ただ、駅員の間では、ロッカーにまつわる奇妙な噂が囁かれていたという。それは、忘れられた悲しみが、永遠に彷徨い続けるという、不気味な物語だった。