異次元不動産、事故物件?
「格安物件、見つけました!」友人のタケルが興奮気味に電話してきた。「駅から徒歩3分!信じられないけど、家賃3万円だって!」
僕は最近、引っ越しを考えていた。都心の喧騒から離れて、もう少し静かな場所で暮らしたい。でも、予算は限られている。タケルの話は、まさに渡りに船だった。
「何か裏があるんじゃないの?」僕は疑り深く尋ねた。「そんな好条件、ありえないよ」
「それがさ、オーナーが『急いで手放したい事情がある』って言ってて…」タケルの声が少しトーンダウンした。「…曰く付き、かもしれない」
僕は少し躊躇した。曰く付き物件…つまり、事故物件だ。過去に人が亡くなったとか、何か不吉な噂があるとか。幽霊とか、マジ勘弁。
でも、3万円という家賃は、あまりにも魅力的だった。僕は悩んだ末、タケルと一緒にその物件を見に行くことにした。
物件は、古い木造アパートの二階にあった。外観は、それほど古びているようには見えない。むしろ、趣があると言えるかもしれない。ただ、どこかひっそりとして、人の気配が感じられない。
部屋に入ると、妙な匂いが鼻をついた。古くなった畳の匂いと、それに混ざって、かすかに腐敗臭のようなものがする。
「どう?」タケルが僕の顔色を窺うように尋ねた。「ちょっと…独特の匂いがするね」
「でしょう?オーナーも『換気をすればすぐになくなる』って言ってたけど…」
部屋自体は、意外と広かった。六畳の和室が二つと、小さなキッチン、トイレ、風呂。一人暮らしには十分すぎる広さだ。窓からの眺めも、悪くない。遠くに山が見える。
「でも、やっぱり…何か変だよ」僕はそう呟いた。何が変なのか、具体的に説明できない。ただ、部屋全体が、何か重苦しい雰囲気に包まれているように感じた。
その夜、僕は夢を見た。夢の中で、僕はそのアパートの部屋にいた。部屋は薄暗く、あの独特の匂いが充満している。すると、突然、襖がカタカタと音を立てて開き始めた。
僕は恐怖で体が動かない。襖の奥から、ゆっくりと人影が現れた。それは、長い髪を垂らした、白いワンピースの女だった。
女は、無表情で僕を見つめている。その目は、まるで生きていないかのように、虚ろだった。女は、ゆっくりと僕に近づいてくる。僕は、必死で逃げようとするが、足がすくんで動けない。
女が僕の目の前に立ったとき、僕は悲鳴を上げた。そして、そこで目が覚めた。
心臓が激しく鼓動している。額には、冷たい汗が滲んでいた。僕は、しばらくの間、眠ることができなかった。
次の日、僕はタケルに電話した。「やっぱり、あの物件はやめておく」
「え?どうしたの?あんなに気に入ってたじゃない」タケルは驚いた様子で言った。
「夢を見たんだ。恐ろしい夢を」僕は、昨夜の夢について、タケルに話した。
「夢か…でも、夢って、ただの偶然じゃない?」タケルは笑いながら言った。「気にしすぎだよ」
「違うんだ。あれは、ただの夢じゃない気がする」僕は真剣な口調で言った。「何か、あの部屋に呼ばれているような…そんな気がするんだ」
タケルは、しばらく黙っていた。「…わかった。無理強いはしないよ」
その日の午後、タケルから再び電話があった。「例の物件、他の人も見に来てるみたいだよ」
僕は、少し複雑な気持ちになった。あんなに怖い夢を見たのに、心のどこかで、あの部屋に惹かれている自分がいる。
数日後、タケルから連絡があった。「あの物件、決まったみたいだよ。若い女性だって」
僕は、正直、ホッとした。同時に、少しだけ後悔した。もしかしたら、あの部屋には、本当に何かがあるのかもしれない。でも、僕は、その真相を知る勇気がなかった。
それから数ヶ月後、僕はニュースでそのアパートの火災を知った。火元は、あの部屋だった。死者は、若い女性一人。
ニュース映像に映る焼け焦げたアパートを見て、僕はゾッとした。あの夢は、予知夢だったのだろうか?それとも、ただの偶然?
真相はわからない。ただ、僕は、あのとき、あの部屋を選ばなかったことを、心から感謝した。
…しかし、その夜。僕の部屋のチャイムが鳴った。「どちら様ですか?」モニター越しに尋ねると、そこに映っていたのは、長い髪を垂らした、白いワンピースの女だった。