それは、最新型の肩こり解消ソフトだった。広告には「背中を叩く幽霊ソフト」と、ちょっと胡散臭い名前で謳われていた。僕は長年のデスクワークで肩がガチガチだったため、藁にもすがる思いで購入したのだ。
インストールは簡単だった。ソフトを起動すると、画面に半透明の幽霊のアイコンが現れる。その幽霊が、僕の背中を画面越しに叩く、という仕組みらしい。
最初は半信半疑だった。しかし、実際に試してみると、驚くほど効果があった。幽霊が的確に肩や首のツボを叩き、まるでマッサージを受けているかのように気持ちが良い。僕はすっかりこのソフトの虜になった。
毎日、仕事が終わるとすぐにソフトを起動し、幽霊に背中を叩いてもらうのが日課になった。肩こりが解消されるだけでなく、なんだか気分もスッキリするような気がした。幽霊のアイコンも、なんだか愛嬌があって、見ているだけで心が和んだ。
ある日、いつものようにソフトを起動すると、幽霊のアイコンがいつもより少し大きくなっていることに気づいた。「気のせいかな」と思ったが、その日の幽霊の叩き方は、いつもより少し強かった。
「ちょっと強すぎないか?」と独り言を言うと、画面から幽霊の声が聞こえた。「うるさい。もっと強く叩けって言うんじゃないのか」
僕は驚いて言葉を失った。幽霊が喋った?まさか、ソフトにバグでもあったのだろうか。慌ててソフトの設定画面を開いてみたが、特に異常は見当たらなかった。
「幻聴かな」と思い、再び幽霊に背中を叩いてもらうことにした。すると、また幽霊が喋り出した。「おい、そこのツボ、もっと念入りに叩けって言ってんだろ」
今度は幻聴ではない。幽霊は確かに喋っている。しかも、僕の要求を正確に理解しているようだった。僕は恐怖で全身が震えた。
翌日、僕はソフトの開発会社に電話をかけた。「あの、肩こり解消ソフトについてなんですが…」と事情を説明すると、担当者は笑いながら言った。「お客様、冗談はよしてください。そんな機能は搭載されておりません」
僕は必死に説明したが、担当者は全く信じてくれなかった。仕方なく電話を切り、再びソフトを起動してみると、幽霊がニヤニヤと笑っていた。「どうした?電話で助けを求めたのか?無駄だよ」
僕は絶望した。この幽霊は、本当に実在するのかもしれない。そして、僕に憑りついているのかもしれない。
それからというもの、幽霊は毎日僕の背中を叩き続けた。最初は肩こり解消のために、今はただ単に僕を苦しめるために。叩き方はどんどんエスカレートし、まるで拷問を受けているかのように痛かった。
ある日、僕はふと気が付いた。幽霊が叩く場所は、いつも決まっている。同じ場所ばかりを執拗に叩いているのだ。僕はその場所を調べてみた。すると、そこには小さなシミがあった。まるで、誰かに強く叩かれた痕跡のように。
僕はハッとした。もしかしたら、このシミは…そして、その時、背中に激痛が走った。幽霊は、シミを叩き壊そうとしていたのだ。「やめろ!」と叫んだ瞬間、僕は意識を失った。次に目を覚ました時、僕は病院のベッドにいた。医師は言った。「あなたは過労で倒れたんです。背中の痣は…おそらく、睡眠中に自分でぶつけたのでしょう」
僕は、自分の背中を触ってみた。そこには、確かに痣があった。しかし、それは幽霊が叩いた痕跡ではなく、ただの痣だった。僕は、すべて夢を見ていたのだろうか。しかし、あのリアルな痛みは、一体何だったのだろうか。僕は今でも、背中の痣を見るたびに、あの幽霊の存在を思い出してしまうのだ。